<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>ベリーダンスナジュム福岡</title><link href="https://www.bellydance-najm.net"></link><subtitle>ベリーダンス ナジュム福岡&#xA;-福岡のベリーダンス教室-</subtitle><id>https://www.bellydance-najm.net</id><author><name>りら</name></author><updated>2026-07-22T02:45:00+00:00</updated><entry><title><![CDATA[テムズとともに 英国の二年間　読了]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/59048165/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/320754dd471efd7a2cb106c31f495682_5bee4f52ad08c8d4d59a2dfab3324b9b.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/59048165</id><summary><![CDATA[徳仁親王著【テムズとともに 英国の二年間】読了。今上天皇が学生時代（1983年から2年間）英国のオックスフォード大学に留学された際のご学友との日常や、テムズ川の水運史のご研究の日々、ヨーロッパ諸国でのご経験を綴られたエッセイ。まだ【天皇】になられる前の、一学生としての異国での貴重な経験や見聞きしてお感じになったことを率直に綴られている。文章はとても丁寧で読者にわかりやすく、語られている数々の留学中のエピソードからは陛下の誠実で思慮深いお人柄が滲み出ている。また、一学生として学んだ2年間という貴重な時間【自由】の重さ、いずれは日本国の象徴となられるお覚悟なども垣間見ることができる。また、本書内で表現されているイギリスの中世の風情を色濃く残す美しい街並みや人々の様子は、私自身去年1週間滞在したロンドンの景色と重なる部分もあり、懐かしさと共に読ませていただくこともできた。現在、【水問題】において世界的な第一人者であられる陛下の水へのご関心のご遍歴の一端を本書で垣間見れた事も興味深く感じた。また、あとがきで『遠くない将来、同じオックスフォード大学で学んだ雅子とともに、イギリスの地を再び訪れることができることを願っている。』とお書きになっていたのだが、その願いが叶い、2024年6月にお二人でお互いの母校であるオックスフォード大学を訪れておられた事はなんとも微笑ましく嬉しいニュースだった。この時、オックスフォード大学のコンヴォケーション・ハウスにて、皇后雅子さまへ「名誉法学博士号」が授与され、1991年に同学位を授与された陛下と共に、お二人揃ってガウン姿を披露されたのはいち日本国民として大変嬉しい出来事だった。このように素晴らしい両陛下が象徴としていらっしゃってくださる事は、大変誇らしい事だと改めて思った。note記事　2026年5月26日より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-07-22T02:45:00+00:00</published><updated>2026-07-22T02:45:00+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>徳仁親王著【テムズとともに 英国の二年間】読了。</p><p>今上天皇が学生時代（1983年から2年間）英国のオックスフォード大学に留学された際のご学友との日常や、テムズ川の水運史のご研究の日々、ヨーロッパ諸国でのご経験を綴られたエッセイ。まだ【天皇】になられる前の、一学生としての異国での貴重な経験や見聞きしてお感じになったことを率直に綴られている。</p><p><br></p><p>文章はとても丁寧で読者にわかりやすく、語られている数々の留学中のエピソードからは陛下の誠実で思慮深いお人柄が滲み出ている。</p><p><br></p><p>また、一学生として学んだ2年間という貴重な時間【自由】の重さ、いずれは日本国の象徴となられるお覚悟なども垣間見ることができる。</p><p><br></p><p>また、本書内で表現されているイギリスの中世の風情を色濃く残す美しい街並みや人々の様子は、私自身去年1週間滞在したロンドンの景色と重なる部分もあり、懐かしさと共に読ませていただくこともできた。</p><p><br></p><p>現在、【水問題】において世界的な第一人者であられる陛下の水へのご関心のご遍歴の一端を本書で垣間見れた事も興味深く感じた。</p><p><br></p><p>また、あとがきで</p><p>『遠くない将来、同じオックスフォード大学で学んだ雅子とともに、イギリスの地を再び訪れることができることを願っている。』</p><p>とお書きになっていたのだが、その願いが叶い、2024年6月にお二人でお互いの母校であるオックスフォード大学を訪れておられた事はなんとも微笑ましく嬉しいニュースだった。</p><p><br></p><p>この時、オックスフォード大学のコンヴォケーション・ハウスにて、皇后雅子さまへ「名誉法学博士号」が授与され、1991年に同学位を授与された陛下と共に、お二人揃ってガウン姿を披露されたのはいち日本国民として大変嬉しい出来事だった。</p><p><br></p><p>このように素晴らしい両陛下が象徴としていらっしゃってくださる事は、大変誇らしい事だと改めて思った。</p><p><br></p><p>note記事　2026年5月26日より</p><p><br></p><p><br></p>
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			<p>ここしばらく、私は断捨離を継続している。</p><p>本や服、書類など、ある程度大きな量のものはすでに手放した。</p><p><br></p><p>このままでも特に問題なく生活できる状態ではあるのだが、</p><p>今回は終活を意識して、さらに深い領域までの断捨離を決行している。</p><p>それは単なる「片付け」ではなく、これまで自分の中で半ば</p><p>不可侵領域になっていたものに触れる作業でもある。</p><p><br></p><p>思い出。執着。過去の自分。傷ついた記憶。期待。諦めきれなかった感情。</p><p>そういうものが、物の奥に静かに沈殿している。</p><p><br></p><p>そして不思議なことに、物を捨てているはずなのに、</p><p>実際に剥がれ落ちていくのは「感情」の方だったりする。</p><p><br></p><p>今まで全く手つかずだったアルバムの束に、私はとうとう手をかけた。</p><p>現在の写真とは違い、昔の写真というものはデータではなかった。</p><p>一枚一枚を現像し、アルバムに収め、ページをめくりながら、</p><p>その時々の思い出を振り返る。</p><p>そんな時代だった。</p><p><br></p><p>自分が生まれた頃の写真。成長の過程。学生時代。</p><p>社会人になってからの数々の出来事。</p><p>仕事関係の仲間との集まり。結婚。プライベートの記録。</p><p>そして、幼い頃から続けていたバレエ関連の写真や、海外へ行った時のもの。</p><p><br></p><p>それらは単なる「写真」ではなく、人生そのものの断片だった。</p><p>そしてそのアルバム達は、クローゼットの一番上の棚を悠々と占領し、</p><p>膨大な量と重量で、長年そこに存在し続けていた。</p><p><br></p><p>今まで何の疑いもなく、ただそこに保管し続けてきた写真達。</p><p>けれど、とうとうそれに手をかける時が来たのだ。</p><p><br></p><p>それは単なる整理ではない。</p><p>思い出の棚卸しであり、過去への執着との向き合い直しであり、</p><p>思い出との距離感を見つめ直す作業でもある。</p><p>そして同時に、これまで自分が歩いてきた人生そのものと、</p><p>改めて向き合う行為なのだと思う。</p><p><br></p><p>私は、その重たいアルバムを一冊ずつ棚から下ろし、</p><p>ページをめくりながら、写真の選別を始めた。</p><p>まずはざっくりと、アルバムの束全体を見返していく。</p><p><br></p><p>そこには、忘れていた景色や、</p><p>もう思い出すことすらなかった時間が大量に眠っていた。</p><p><br></p><p>そして二周目。</p><p>今度は一冊ずつ、写真そのものの選別を始める。</p><p>残すのか。手放すのか。</p><p>その判断を、一枚一枚に対して下していく作業だった。</p><p><br></p><p>写真の選別方法は、こんな感じだ。</p><p>フラッシュの当たり方が悪い写真、</p><p>ぼやけた写真、画角が良くない写真、</p><p>表情が良くない写真は外す。</p><p>同じシーンや似たような画角の写真は、一枚だけを残し、あとは外す。</p><p>名前が思い出せない人や、何の集まりだったかも曖昧な飲み会の写真は外す。</p><p>あまり良い思い出ではないもの、今の自分にとって残す必要がないと感じるものは外す。</p><p>ルールは、おおよそこんな感じだ。</p><p><br></p><p>以前の私は、よほどの失敗写真でない限り、</p><p>時系列に沿って写真をすべてアルバムに収めていた。</p><p>そうすることで、その頃の空気感や出来事を、</p><p>より鮮明に、より細かく思い出すことができたからだ。</p><p><br></p><p>アルバムは、単なる写真集ではなく、「記憶の装置」だった。</p><p>けれど今回、そこに「選別」という作業を加えたことで、</p><p>アルバムの性質が少し変わり始めた。</p><p><br></p><p>記録のための装置だったものが、まるで映画のエンドロールのように、</p><p>人生のハイライトシーンだけを残したものへと変化していくのだ。</p><p><br></p><p>長く生きてくると、その思い出も、人生で辿ってきた軌跡も、</p><p>膨大な記憶、膨大な思い出、膨大な写真と共に、次第に収拾がつかなくなっていく。</p><p><br></p><p>だから私は、今ここで「記憶の編集」をしようと思う。</p><p>思い出すすべてを、残し続けなくてもいいのだ。</p><p><br></p><p>大切だったこと。楽しかったこと。</p><p>それだけを、未来へ持っていけばいい。</p><p>そう思えるようになると、写真というものは、</p><p>必ずしも永遠に保管し続けなければならないものではなくなっていく。</p><p><br></p><p>時々取り出して、お茶でも飲みながら、気軽に楽しく眺められる。</p><p>そのくらい、コンパクトでカジュアルな形でいいのだと思う。</p><p>どっしりと重たい分厚いアルバムを、楽しかった思い出や、</p><p>本当に大切だったもの達だけを詰め込んだ、</p><p>エンドロールのようなハイライトシーン集へと変えてしまう。</p><p><br></p><p>そう考えると、写真の断捨離という作業は、俄然楽しくなってくる。</p><p>とはいえ、すでに綺麗に完成されたアルバムを間引いていく作業は、なかなか骨が折れる。</p><p><br></p><p>あれもこれもと欲張ってしまえば、写真はまったく減らない。</p><p>逆に、一枚一枚に立ち止まって悩み始めると、今度は手が止まってしまう。</p><p>だから私は、何周も何周も回しながら、少しずつ写真の間引きを行っている。</p><p>初日にざっくりと写真を間引き、所々の写真が抜けた状態のアルバムを、</p><p>私はまた棚へ戻した。</p><p><br></p><p>そして翌日、再びそれを取り出し、もう一度最初からページをめくる。</p><p>さらに間引けないか、改めてチェックしていくのだ。</p><p>記憶と向き合いながら。その時の感情と向き合いながら。</p><p>何周も、何周も、アルバムをめくっていく。</p><p><br></p><p>そうして少しずつ写真が間引かれ、本当に大切なものだけが残った頃、</p><p>私はそれらをようやく台紙から剥がす。</p><p>台紙から剥がした写真は、最初の頃と比べると、大体半分、</p><p>もしくは三分の二ほどのボリュームになっている。</p><p>それらをゴムで束ね、一旦箱へしまう。</p><p>そして、写真が剥がされた重たいアルバムは処分する。</p><p><br></p><p>そんな作業を繰り返しながら、私は少しずつアルバムを手放し始めている。</p><p>昨日今日の二日間で、六冊のアルバムを処分した。</p><p>残るのは、あと五冊とカード式のアルバム。</p><p>これらも、あと数日かけて整理していく予定だ。</p><p><br></p><p>そして最終的には、すべての写真を無印良品の正方形のファイル型アルバムへ移し替える。</p><p>このアルバムは、一冊で二百四十枚ほど収納できる。</p><p>結果として、私は分厚いアルバムを廃棄し、写真の枚数を間引きし、</p><p>新しい薄くて軽いファイル型のアルバムへ整理し直す、という形に落ち着きそうだ。</p><p><br></p><p>現時点での結論としては、私はまだ、「終活」に値するほどの写真整理はできない。</p><p>自分の過去を、完全に処分してしまおうとは思えないのだ。</p><p>そこには、大切な人達が写っている。</p><p>亡くなった家族がいる。</p><p>亡くなった動物達がいる。</p><p>私はまだ、そういう執着を捨てきれない。</p><p><br></p><p>けれど、私は執着のすべてが悪いものだとも思っていない。</p><p>自分の人生に関わってくれた大切な人達や、大切だったもの達が、</p><p>写真という「記憶装置」を通して、いつでも手の届く場所に存在していてくれること。</p><p>それはきっと、私が生きていく上での、大きな活力になっているのだと思う。</p><p><br></p><p>そして興味深いことに、こうして過去と向き合い続けていると、</p><p>身体にも少しずつ変化が現れてくる。</p><p>強い眠気。妙な疲労感。胃や腸の違和感。感情の浮き沈み。</p><p>まるで、長年奥に沈殿していたものが、少しずつ表面へ浮かび上がってくるような感覚だ。</p><p>特に、写真を大量に手放した夜は酷かった。</p><p>激しい腹痛や悪心に襲われ、その後、まるで電池が切れたように、</p><p>ぷつりと身体から意識が離れ、死んだように眠ってしまった。</p><p><br></p><p>実際に「デトックス」という言葉が正しいのかは分からない。</p><p>けれど、過去と向き合うという行為は、思っている以上に、</p><p>身体にも大きな影響を与えるものなのかもしれない。</p><p>そして同時に、そこには、自分がこれだけはと続けてきた「踊り」の記録もある。</p><p><br></p><p>上手ではない。</p><p>不格好だし、拙いし、今見ると恥ずかしくなるような写真も沢山ある。</p><p>けれど、その踊りの記録は、自分の人生の中で、自分が選び続けてきた道筋そのものなのだ。</p><p>だからこそ、私は今日も、明日も、踊ることを選ぶ。</p><p>やめずにいられるのだと思う。</p><p><br></p><p>今回の写真の断捨離は、完璧に執着を断ち切るものではなかった。</p><p>けれど、思い出を選別し、「記録装置」として存在していた写真達を、</p><p>人生のハイライトシーンを映し出す、エンドロールのようなアルバムへと変えていく。</p><p>そんなきっかけにはなったように思う。</p><p><br></p><p>note記事　2026年5月10日より</p><p>写真はロシアでお世話になったボリショイアカデミーのバレエ教授陣との思い出の１枚。</p><p>大好きで最も尊敬する、キャラクターダンスの教授トルスタヤ先生と。</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[執着（過去）と向き合う日々]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58971023/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/60ab837e64268bca8fde04e3e5321382_e7aba1ef38dd1dcfab1f280a35a5bd93.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58971023</id><summary><![CDATA[連休後半。私は相変わらず断捨離の日々だ。今回思い立って、4月の後半からずっと自分の持ち物や住空間の見直しをしている。これまでにも、私は定期的に物を手放すことを心がけてきた。だが、いつの間にか物は増え、気づけば部屋の中はまた物で溢れていく。断捨離というのは、その時々の精神状態によって、手放すものを決断する力が大きく変わる。今回は、今までよりも、より深く、より強く物を手放す意識が芽生えていると思う。最初はなかなか手放すことができず、とりあえず小さなスペース、比較的手をつけやすい引き出しの中から始めた。書類やファイルの中の紙類、雑多なもの。例えばヘアピンだったり、取っておいたビニール袋だったり、少し毛玉がつき始めた靴下だったり。そういった“判断に迷わないもの”から手放し始めたのだが、徐々にペースがつかめてきて、より大きなものを手放せるようになっていった。そして昨日は、クローゼットの中にドンと大きく場所を占めていた本や漫画に手をつけた。これはとても厄介だった。気に入った作品、何度も何度も読み返す作品は、大抵長編の漫画だ。巻数が50を超えるものや、子供の頃から気に入って取っていた本たちだ。ここは、今までの何度ともなく行われてきた断捨離をかいくぐって残り続けた、つわもの達だ。それをついに手放す時が来た。今、このタイミングで。最初は2、3作品だけ手放そうと、軽い気持ちで始めたのだが、徐々に勢いがついて、気がつけば200冊ほどの本を袋に詰めていた。そして私は、そのままBOOKOFFへ向かった。フリマアプリで出品することも頭をよぎったが、いつ売れるかわからない状態で、また何ヶ月もここに置いておくのは、断捨離として意味をなさない。今決断すること、今手放すことを私は選んだ。少し寂しい気持ちと、それでもスペースが大幅に空いたことによる、すっきりとした達成感。私はその両方を同時に感じていた。苦労して運んだ本は、大きなエコバッグ四つ分。予想はしていたが、ほとんど査定の金額はつかず、200冊ほどで1300円ちょっとだった。それでも、手放そうと思ったものを引き受けていただき、一冊一冊査定していただいてお金をいただけるというのは、大変ありがたいことだと思った。それは単に物を処分したということではなく、自分の過去を、きちんと手渡していくような感覚に近いのかもしれない。今回の断捨離で、今現在、45リットル入りのゴミ袋でおそらく15袋分、あるいはそれ以上の物を手放した。ひとつひとつは小さな決断の積み重ねだが、こうして量として並べてみると、その重みを実感する。これだけの物を、私は持ち続けていたのだ。そして同時に、これだけの物を、今の私にはもう必要としていなかったのだということも。だが、私の断捨離は、まだまだ続く。まだ、今後使うことのないであろうものたちが、家の中に静かに眠り続けているからだ。そして今回の断捨離は、これまでのものとは少し違う。それは、私が終活を意識していることと、無関係ではない気がしている。先日、ある方が突然亡くなった。毎週月曜日、スタジオで顔を合わせていた別のクラスの受講生の方だった。「また来週ね」と言って、スタジオの玄関を出ていく後ろ姿を見送った。それが、その方を見た最後になった。翌週、その人は、もうそこにはいなかった。人の命のはかなさや、明日どうなるかわからないという無常感が、私の中を吹き抜けた。生きていくのに、そんなに多くの物は必要ないのかもしれない。そう思うきっかけになった出来事だった。最終的には、棺に入るだけの持ち物で十分なのかもしれない。私は最近、そう思う。物を手放すということは、その物に対する執着を手放すこと。そしてそれは、もう二度と拾わないという決断でもある。部屋の中は、自分の心の中の縮図だ。自分が欲しいと望んだものを一つ一つ、部屋の中に招き入れているのだ。その、かつての自分の執着、現在の自分の執着を一つ一つ、物を通して見直し、そして決断していく繰り返しだ。一つ一つの執着を手放し、少しずつ身軽になり、少しずつ本来の部屋のスペースを取り戻していく。やがて、引っ越してきた時のような真っさらな状態に戻して、スーツケースひとつ分くらいの必要最小限の荷物を持って、私は旅立ちたいと思っている。note記事　2026年5月5日より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-06-28T10:16:56+00:00</published><updated>2026-06-28T10:16:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>連休後半。</p><p>私は相変わらず断捨離の日々だ。</p><p>今回思い立って、</p><p>4月の後半からずっと自分の持ち物や住空間の見直しをしている。</p><p><br></p><p>これまでにも、私は定期的に物を手放すことを心がけてきた。</p><p>だが、いつの間にか物は増え、気づけば部屋の中はまた物で溢れていく。</p><p><br></p><p>断捨離というのは、その時々の精神状態によって、</p><p>手放すものを決断する力が大きく変わる。</p><p><br></p><p>今回は、今までよりも、より深く、より強く</p><p>物を手放す意識が芽生えていると思う。</p><p><br></p><p>最初はなかなか手放すことができず、とりあえず小さなスペース、</p><p>比較的手をつけやすい引き出しの中から始めた。</p><p>書類やファイルの中の紙類、雑多なもの。例えばヘアピンだったり、</p><p>取っておいたビニール袋だったり、少し毛玉がつき始めた靴下だったり。</p><p>そういった“判断に迷わないもの”から手放し始めたのだが、</p><p>徐々にペースがつかめてきて、より大きなものを手放せるようになっていった。</p><p><br></p><p>そして昨日は、クローゼットの中にドンと大きく場所を占めていた本や漫画に手をつけた。</p><p>これはとても厄介だった。気に入った作品、何度も何度も読み返す作品は、</p><p>大抵長編の漫画だ。巻数が50を超えるものや、子供の頃から気に入って取っていた本たちだ。</p><p>ここは、今までの何度ともなく行われてきた断捨離をかいくぐって残り続けた、</p><p>つわもの達だ。</p><p><br></p><p>それをついに手放す時が来た。</p><p>今、このタイミングで。</p><p>最初は2、3作品だけ手放そうと、</p><p>軽い気持ちで始めたのだが、</p><p>徐々に勢いがついて、気がつけば200冊ほどの本を袋に詰めていた。</p><p><br></p><p>そして私は、そのままBOOKOFFへ向かった。</p><p>フリマアプリで出品することも頭をよぎったが、いつ売れるかわからない状態で、</p><p>また何ヶ月もここに置いておくのは、断捨離として意味をなさない。</p><p><br></p><p>今決断すること、今手放すことを私は選んだ。</p><p>少し寂しい気持ちと、それでもスペースが大幅に空いたことによる、</p><p>すっきりとした達成感。私はその両方を同時に感じていた。</p><p><br></p><p>苦労して運んだ本は、大きなエコバッグ四つ分。</p><p>予想はしていたが、ほとんど査定の金額はつかず、200冊ほどで1300円ちょっとだった。</p><p>それでも、手放そうと思ったものを引き受けていただき、</p><p>一冊一冊査定していただいてお金をいただけるというのは、大変ありがたいことだと思った。</p><p><br></p><p>それは単に物を処分したということではなく、自分の過去を、</p><p>きちんと手渡していくような感覚に近いのかもしれない。</p><p><br></p><p>今回の断捨離で、今現在、45リットル入りのゴミ袋でおそらく15袋分、</p><p>あるいはそれ以上の物を手放した。</p><p>ひとつひとつは小さな決断の積み重ねだが、こうして量として並べてみると、</p><p>その重みを実感する。</p><p><br></p><p>これだけの物を、私は持ち続けていたのだ。</p><p><br></p><p>そして同時に、これだけの物を、今の私にはもう必要としていなかったのだということも。</p><p>だが、私の断捨離は、まだまだ続く。</p><p>まだ、今後使うことのないであろうものたちが、家の中に静かに眠り続けているからだ。</p><p><br></p><p>そして今回の断捨離は、これまでのものとは少し違う。</p><p>それは、私が終活を意識していることと、無関係ではない気がしている。</p><p>先日、ある方が突然亡くなった。</p><p><br></p><p>毎週月曜日、スタジオで顔を合わせていた別のクラスの受講生の方だった。</p><p>「また来週ね」と言って、スタジオの玄関を出ていく後ろ姿を見送った。</p><p>それが、その方を見た最後になった。</p><p>翌週、その人は、もうそこにはいなかった。</p><p><br></p><p>人の命のはかなさや、明日どうなるかわからないという無常感が、私の中を吹き抜けた。</p><p>生きていくのに、そんなに多くの物は必要ないのかもしれない。</p><p>そう思うきっかけになった出来事だった。</p><p><br></p><p>最終的には、棺に入るだけの持ち物で十分なのかもしれない。</p><p>私は最近、そう思う。</p><p><br></p><p>物を手放すということは、その物に対する執着を手放すこと。</p><p>そしてそれは、もう二度と拾わないという決断でもある。</p><p><br></p><p>部屋の中は、自分の心の中の縮図だ。</p><p>自分が欲しいと望んだものを一つ一つ、部屋の中に招き入れているのだ。</p><p><br></p><p>その、かつての自分の執着、現在の自分の執着を一つ一つ、</p><p>物を通して見直し、そして決断していく繰り返しだ。</p><p><br></p><p>一つ一つの執着を手放し、少しずつ身軽になり、</p><p>少しずつ本来の部屋のスペースを取り戻していく。</p><p><br></p><p>やがて、引っ越してきた時のような真っさらな状態に戻して、</p><p>スーツケースひとつ分くらいの必要最小限の荷物を持って、</p><p>私は旅立ちたいと思っている。</p><p><br></p><p>note記事　2026年5月5日より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[踊りの冬]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58967503/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/c993f1350de1965c16ea4943bd5fee76_2dc3260ac11468f769ef5197b16816ad.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58967503</id><summary><![CDATA[私は楽しいから踊っているわけではない、と最近理解した。私にとって踊ることは、楽しいこととは少し違う。7歳からずっと休まずに踊り続けてきて、踊りは私の中では呼吸のようなものだ。私は、生まれてきた意味というのは、踊りを学ぶことを通してこの世界を学ぶということなのかもしれないと、最近思うようになった。踊れば踊るほど、自分の稚拙さや脆弱さを思い知らされる。喜びとはほど遠い感情に、毎回さいなまれる。どうしてこんな苦しいことを、わざわざしているのだろうとよく思う。踊りは楽しみではなく、苦しみを知る術のようなものだ。けれど、踊りに関わり、踊りを仕事にしてきた中で、苦しみだけではないものも確かにあった。喜びや、自分の生きている意味のようなものを感じる瞬間もあった。踊りは、私にとって世界の縮図であり、世界そのもののように感じられる。かつては、踊ることが仲間との喜びであり、自分にとっての楽しみでもあった。そんな時期も確かにあった。だが今は、全く違うものへと変容している。踊りは、自分を探求するための一つのツールであり、自分の未熟さを知るきっかけであり、丁寧に掘り下げ、見つけたものを伝えるための手段となった。朝の練習の時間は、昨日の自分と向き合い、ほんのわずかでも一歩踏み出すための時間だ。踊りを続けてきて思うことは、私にとって「踊っていて楽しい」という時間は、もう過ぎ去り、次の季節に移行したのだということだ。四季に例えるなら、踊りを始めた頃は春。そこから夏を経て、秋を越え、今、私は冬を迎えているように感じる。季節の最終段階、締めくくりの時間。冬は、草木が枯れ、太陽が閉ざされ、静かに死へと向かっていく季節だ。けれど私は、冬が好きだ。あの、きんと張り詰めた空気。まじりけのない、研ぎ澄まされた静寂と静謐。削ぎ落とされ、色もなく、ただそこにあるのは、白と黒と光だけ。人生の中で、私にどれだけ踊れる時間が残っているのかは分からない。ただ、それほど多くはないだろうということだけは、はっきりしている。だからこそ今、私が求めているものは明確だ。無駄を削ぎ落とし、ノイズを減らし、本来あるべき仕組みと、美しい輪郭だけを残すこと。そしてできるなら、そこにほんの少し、ふんわりと自分の心を音に沿わせる。それがきっと、私がこの最後の冬の季節において求めている、踊りの本質なのだと思う。note記事　2026年4月29日より写真は2020年3月、ロシアにて。半分凍りついた湖を背景に撮影]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-06-27T05:01:10+00:00</published><updated>2026-06-27T05:01:10+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>私は楽しいから踊っているわけではない、と最近理解した。</p><p>私にとって踊ることは、楽しいこととは少し違う。</p><p><br></p><p>7歳からずっと休まずに踊り続けてきて、踊りは私の中では呼吸のようなものだ。</p><p>私は、生まれてきた意味というのは、踊りを学ぶことを通してこの世界を学ぶということなのかもしれないと、最近思うようになった。</p><p><br></p><p>踊れば踊るほど、自分の稚拙さや脆弱さを思い知らされる。</p><p>喜びとはほど遠い感情に、毎回さいなまれる。</p><p>どうしてこんな苦しいことを、わざわざしているのだろうとよく思う。</p><p>踊りは楽しみではなく、苦しみを知る術のようなものだ。</p><p><br></p><p>けれど、踊りに関わり、踊りを仕事にしてきた中で、</p><p>苦しみだけではないものも確かにあった。</p><p><br></p><p>喜びや、自分の生きている意味のようなものを感じる瞬間もあった。</p><p>踊りは、私にとって世界の縮図であり、世界そのもののように感じられる。</p><p>かつては、踊ることが仲間との喜びであり、自分にとっての楽しみでもあった。</p><p>そんな時期も確かにあった。</p><p><br></p><p>だが今は、全く違うものへと変容している。</p><p><br></p><p>踊りは、自分を探求するための一つのツールであり、</p><p>自分の未熟さを知るきっかけであり、</p><p>丁寧に掘り下げ、見つけたものを伝えるための手段となった。</p><p><br></p><p>朝の練習の時間は、昨日の自分と向き合い、</p><p>ほんのわずかでも一歩踏み出すための時間だ。</p><p><br></p><p>踊りを続けてきて思うことは、</p><p>私にとって「踊っていて楽しい」という時間は、もう過ぎ去り、</p><p>次の季節に移行したのだということだ。</p><p><br></p><p>四季に例えるなら、踊りを始めた頃は春。</p><p>そこから夏を経て、秋を越え、</p><p>今、私は冬を迎えているように感じる。</p><p><br></p><p>季節の最終段階、締めくくりの時間。</p><p>冬は、草木が枯れ、太陽が閉ざされ、</p><p>静かに死へと向かっていく季節だ。</p><p><br></p><p>けれど私は、冬が好きだ。</p><p>あの、きんと張り詰めた空気。</p><p>まじりけのない、研ぎ澄まされた静寂と静謐。</p><p>削ぎ落とされ、色もなく、</p><p>ただそこにあるのは、白と黒と光だけ。</p><p><br></p><p>人生の中で、私にどれだけ踊れる時間が残っているのかは分からない。</p><p>ただ、それほど多くはないだろうということだけは、はっきりしている。</p><p>だからこそ今、私が求めているものは明確だ。</p><p><br></p><p>無駄を削ぎ落とし、</p><p>ノイズを減らし、</p><p>本来あるべき仕組みと、美しい輪郭だけを残すこと。</p><p><br></p><p>そしてできるなら、そこにほんの少し、</p><p>ふんわりと自分の心を音に沿わせる。</p><p><br></p><p>それがきっと、</p><p>私がこの最後の冬の季節において求めている、</p><p>踊りの本質なのだと思う。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月29日より</p><p>写真は2020年3月、ロシアにて。半分凍りついた湖を背景に撮影</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[明日の本番に向けて(2026.4.28)]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58935255/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/a71f9f4a98d97efd99ba46713d661af1_3841d24aa7f3bd3444e057625ef463fc.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58935255</id><summary><![CDATA[今日の朝練は、明日のイベントステージに向けてのドレスリハーサルだった。曲は、ダリナのモダンオリエンタル。報われない愛に苦しみ、自分の価値観に心が揺らぎ、それでも愛することをやめない、強い女性のストーリーだ。この曲は、2025年のダリナのオンラインコースで学んだものであり、先日日本で開催されたオンラインワークショップでもレクチャーされたものだ。去年、私はこの曲を、たった1ヶ月の練習期間でハフラに出すという無茶をした。とにかく一度踊ってみたかったのだ。けれど、その時はまったく納得のいくパフォーマンスにはならなかった。その後、様々なイベントの演目に追われ、この曲を踊ることはなくなっていった。けれど、コンペが終わった後、私はもう一度この曲に向き合うことを決めた。一度手に取り、そして手放した曲。それは「終わった」のではなく、ただ「今ではなかった」だけなのだと思う。コンペを経て、自分の現在地を知り、足りないもの、向き合うべきものが見えてきた今、この曲をもう一度踊る意味が、ようやく自分の中で繋がった。そして、練習を始めて38日目の明日。私は新たな気持ちで、この曲を本番のステージで踊る。この1ヶ月、自分の基礎を見直し、踊り方を見直し、時には土台から壊すような作業を続けてきた。もちろん、そんな短期間で長年の癖を根本から組み直すことはできない。それでも、少しずつ、少しずつ、自分の踊りに変化が現れてきているのを感じている。例えば、これまでずっと決まらず、どこか曖昧なまま踊っていた、ドラマチックな振り付けの中のある動き。今日、その動きを自分なりに解析し、ようやく「形」として整えることができた。それは小さなことかもしれない。けれど、自分の中では確かな一歩だった。エストニアでの個人レッスンで得た、あの感覚。そして指摘された、たった一つのエラー。それは部分的な問題ではなく、私の踊り全体を表面的にし、堅くし、こわばらせ、流れを止めてしまっていた原因だったのだと思う。明日は、その組み替えからの、最初の実験の日だ。衣装を着て踊る。重さのある衣装は、ターンの回数を制限し、スカートの遠心力は軸を外へと引っ張り、回転の速度を鈍らせる。けれど、それでいい。ステージも広くはない。だからこそ、その条件の中でどう成立させるかが大切になる。最近、強く思うようになった。本番の踊りは、練習のようにフルパワーで出し切るものではないのだと。出力は、60%でいい。全力で踊ろうとすればするほど、動きは固くなり、気負いが生まれ、余裕が消える。けれど、あえて出力を落とすことで、そこに余白が生まれる。その余白は、余韻となり、空気となり、見ている人の呼吸をほどいていく。そして、100%のパフォーマンスを目指すことはしない。練習でうまくいった時の感覚を再現しようとしても、それは多くの場合、ただの気負いに終わってしまう。ステージの形状や広さ、床の素材、衣装。すべての条件が違う以上、同じパフォーマンスは再現できない。だから私は、一番良かった時の70%から80%を、確実に出すことを目指す。それは妥協ではなく、変化する条件の中で踊りを成立させるための選択だ。明日は野外の仮設ステージ。床も、広さも、いつものスタジオとはまったく違う。だからこそ、その違いを制限ではなく条件として受け取り、その広さを活かし、その床の特性を活かしながら、いかに余力を持って、いかにお客様に伝えられるかに集中したいと思う。私は、去年あたりから、ステージの回数を意識的に減らすようにした。あちこちに出続けていると、一つ一つの踊りに向き合う時間が足りなくなり、練習が浅くなり、どこか雑なパフォーマンスになってしまうことに気づいたからだ。だから私は、数ではなく、深さを選んだ。一つの踊りにじっくり向き合い、トライアンドエラーを繰り返しながら、少しずつ完成度を高めていく。そうした時間を大切にしている。ステージは、主にお世話になった方への恩返しとして選んでいる。まだ仕事として踊り始めたばかりの頃、今よりもずっと拙かった時代から支えてくださった方、声をかけてくださった方。その方々のイベントには、必ず出演する。ご縁と、感謝。ただ、それに尽きる。だから、そのステージがどんなに小さくても、たとえ踊りにくい場所であっても、できる限りの準備を重ね、一つ一つの動きを丁寧に、大切に踊ることを心がけている。引き受けたステージには、手を抜かない。できる限りの努力をして臨む。そして、ただ楽しいから、踊りたいからという理由だけではなく、その場に対してきちんと務められるか、自分がどこまで努力できるかを基準にしている。明日のステージ。私はまだ、この曲と向き合って38日しか経っていない。十分な練習期間とは、とても言えない。それでも、エストニアで学んだこと、感じたこと。自分の中に起きた変化。それらを、毎日少しずつ積み上げてきた。そのすべてを、この踊りに込めたい。明日の朝練が、最後のリハーサルになる。そして明日は、今日よりも、ほんの1ミリだけでも前へ。その1ミリを、確かに進める。note記事　2026年4月28日より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-06-16T12:43:00+00:00</published><updated>2026-06-16T12:43:01+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>今日の朝練は、明日のイベントステージに向けてのドレスリハーサルだった。</p><p>曲は、ダリナのモダンオリエンタル。</p><p><br></p><p>報われない愛に苦しみ、</p><p>自分の価値観に心が揺らぎ、</p><p>それでも愛することをやめない、強い女性のストーリーだ。</p><p><br></p><p>この曲は、2025年のダリナのオンラインコースで学んだものであり、</p><p>先日日本で開催されたオンラインワークショップでもレクチャーされたものだ。</p><p>去年、私はこの曲を、たった1ヶ月の練習期間でハフラに出すという無茶をした。</p><p><br></p><p>とにかく一度踊ってみたかったのだ。</p><p>けれど、その時はまったく納得のいくパフォーマンスにはならなかった。</p><p><br></p><p>その後、様々なイベントの演目に追われ、</p><p>この曲を踊ることはなくなっていった。</p><p>けれど、コンペが終わった後、</p><p>私はもう一度この曲に向き合うことを決めた。</p><p><br></p><p>一度手に取り、そして手放した曲。</p><p>それは「終わった」のではなく、</p><p>ただ「今ではなかった」だけなのだと思う。</p><p><br></p><p>コンペを経て、自分の現在地を知り、</p><p>足りないもの、向き合うべきものが見えてきた今、</p><p>この曲をもう一度踊る意味が、ようやく自分の中で繋がった。</p><p><br></p><p>そして、練習を始めて38日目の明日。</p><p>私は新たな気持ちで、この曲を本番のステージで踊る。</p><p><br></p><p>この1ヶ月、自分の基礎を見直し、踊り方を見直し、</p><p>時には土台から壊すような作業を続けてきた。</p><p><br></p><p>もちろん、そんな短期間で長年の癖を根本から組み直すことはできない。</p><p><br></p><p>それでも、少しずつ、少しずつ、</p><p>自分の踊りに変化が現れてきているのを感じている。</p><p><br></p><p>例えば、これまでずっと決まらず、</p><p>どこか曖昧なまま踊っていた、ドラマチックな振り付けの中のある動き。</p><p>今日、その動きを自分なりに解析し、</p><p>ようやく「形」として整えることができた。</p><p><br></p><p>それは小さなことかもしれない。</p><p>けれど、自分の中では確かな一歩だった。</p><p><br></p><p>エストニアでの個人レッスンで得た、あの感覚。</p><p>そして指摘された、たった一つのエラー。</p><p><br></p><p>それは部分的な問題ではなく、</p><p>私の踊り全体を表面的にし、</p><p>堅くし、こわばらせ、流れを止めてしまっていた原因だったのだと思う。</p><p><br></p><p>明日は、その組み替えからの、最初の実験の日だ。</p><p>衣装を着て踊る。</p><p><br></p><p>重さのある衣装は、ターンの回数を制限し、</p><p>スカートの遠心力は軸を外へと引っ張り、回転の速度を鈍らせる。</p><p><br></p><p>けれど、それでいい。</p><p>ステージも広くはない。</p><p>だからこそ、その条件の中でどう成立させるかが大切になる。</p><p><br></p><p>最近、強く思うようになった。</p><p>本番の踊りは、</p><p>練習のようにフルパワーで出し切るものではないのだと。</p><p><br></p><p>出力は、60%でいい。</p><p>全力で踊ろうとすればするほど、</p><p>動きは固くなり、気負いが生まれ、余裕が消える。</p><p><br></p><p>けれど、あえて出力を落とすことで、そこに余白が生まれる。</p><p>その余白は、余韻となり、空気となり、</p><p>見ている人の呼吸をほどいていく。</p><p><br></p><p>そして、100%のパフォーマンスを目指すことはしない。</p><p>練習でうまくいった時の感覚を再現しようとしても、</p><p>それは多くの場合、ただの気負いに終わってしまう。</p><p><br></p><p>ステージの形状や広さ、床の素材、衣装。</p><p>すべての条件が違う以上、同じパフォーマンスは再現できない。</p><p><br></p><p>だから私は、</p><p>一番良かった時の70%から80%を、確実に出すことを目指す。</p><p><br></p><p>それは妥協ではなく、</p><p>変化する条件の中で踊りを成立させるための選択だ。</p><p>明日は野外の仮設ステージ。</p><p><br></p><p>床も、広さも、</p><p>いつものスタジオとはまったく違う。</p><p>だからこそ、その違いを制限ではなく条件として受け取り、</p><p>その広さを活かし、</p><p>その床の特性を活かしながら、</p><p>いかに余力を持って、</p><p>いかにお客様に伝えられるかに集中したいと思う。</p><p><br></p><p>私は、去年あたりから、</p><p>ステージの回数を意識的に減らすようにした。</p><p>あちこちに出続けていると、</p><p>一つ一つの踊りに向き合う時間が足りなくなり、</p><p>練習が浅くなり、どこか雑なパフォーマンスになってしまうことに気づいたからだ。</p><p>だから私は、数ではなく、深さを選んだ。</p><p><br></p><p>一つの踊りにじっくり向き合い、</p><p>トライアンドエラーを繰り返しながら、</p><p>少しずつ完成度を高めていく。</p><p>そうした時間を大切にしている。</p><p><br></p><p>ステージは、主にお世話になった方への恩返しとして選んでいる。</p><p>まだ仕事として踊り始めたばかりの頃、</p><p>今よりもずっと拙かった時代から支えてくださった方、</p><p>声をかけてくださった方。</p><p>その方々のイベントには、必ず出演する。</p><p>ご縁と、感謝。</p><p>ただ、それに尽きる。</p><p><br></p><p>だから、そのステージがどんなに小さくても、</p><p>たとえ踊りにくい場所であっても、</p><p>できる限りの準備を重ね、</p><p>一つ一つの動きを丁寧に、</p><p>大切に踊ることを心がけている。</p><p><br></p><p>引き受けたステージには、手を抜かない。</p><p>できる限りの努力をして臨む。</p><p>そして、ただ楽しいから、踊りたいからという理由だけではなく、</p><p>その場に対してきちんと務められるか、</p><p>自分がどこまで努力できるかを基準にしている。</p><p><br></p><p>明日のステージ。</p><p>私はまだ、この曲と向き合って38日しか経っていない。</p><p>十分な練習期間とは、とても言えない。</p><p><br></p><p>それでも、</p><p>エストニアで学んだこと、感じたこと。</p><p>自分の中に起きた変化。</p><p><br></p><p>それらを、毎日少しずつ積み上げてきた。</p><p>そのすべてを、この踊りに込めたい。</p><p>明日の朝練が、最後のリハーサルになる。</p><p><br></p><p>そして明日は、</p><p>今日よりも、</p><p>ほんの1ミリだけでも前へ。</p><p>その1ミリを、確かに進める。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月28日より</p><p><br></p>
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			<p>断捨離の流れで、古い写真も手放す事にした。</p><p>が、現代のデジタルデータとは違い厄介なのがプリントした写真とアルバムだ。</p><p>膨大な量と重さで、クローゼットの一角を占領し、長年そこに鎮座し続けている。</p><p><br></p><p>写真というものは、在りし日の記憶の断片だ。</p><p>亡くなった家族やペット、会わなくなった友達、思い出の場所の光、色、匂い。</p><p>様々なものを思い起こさせてくれる、タイムカプセルのようなもの。</p><p><br></p><p>だからこそ、</p><p>何気ない瞬間ー</p><p>たとえそれがブレていたとしても、</p><p>瞬時にその日その時の記憶へタイムトリップできるものだったりすると、</p><p>捨てる事はままならないし、</p><p>ページをめくるたびに手を止め、</p><p>当時の思い出や感情に浸ってしまい、</p><p>全く捗らず、ただの『思い出の時間旅行』と化してしまうのだ。</p><p><br></p><p>捨てた写真はもちろん戻らない。</p><p>ネガも無く、データはあるはずもない。</p><p>捨ててしまえば、永遠の別れなのだ。</p><p>iPhoneで撮影、またはプリンタでスキャンしておけば</p><p>データとして残すことも出来るが</p><p>どっしりと厚いアルバム何冊分もの写真を一つ一つ撮影するなど、</p><p>気が遠くなる作業だ。</p><p><br></p><p>昨今では、業者に依頼すればデジタルデータ化</p><p>もしくはフォトブックにして残してくれるサービスもあるが、</p><p>金額の事を考えると、個人的には現実味を感じなかった。（一応何社かリサーチ済み）</p><p>そんな訳で、目の前に積み上がった大量の写真とアルバムの山を、</p><p>少しずつ自分の選別で減らしていくしか道はなさそうなのだ。</p><p><br></p><p>片付けるには着手するしか方法はない。</p><p>そこで私は、小さなルールを決めた。</p><p><br></p><p>⚪︎黒歴史の記録（恥ずかしいと感じるもの）</p><p>⚪︎飲み会関係の、酔っ払いのノリで撮った写真</p><p>⚪︎ご縁が切れた人たちの写真（今後連絡する事は無さそうな方々）　</p><p>⚪︎義理で参加した会合での記念撮影</p><p>⚪︎同じシーンの重複</p><p>⚪︎あまり良い思い出ではないもの</p><p><br></p><p>これらの写真をどんどん手放していく。</p><p>逆に、絶対に残すのは</p><p><br></p><p>⚪︎ペットの写真</p><p>⚪︎亡くなった家族が少しでも写っているもの</p><p>⚪︎家族や大切な人達との思い出</p><p>⚪︎バレエの生徒達との思い出</p><p><br></p><p>上記の基準に従って、小さなアルバムと、束にして箱に詰めていた写真の選別をした。</p><p>結果、ゴミ箱2/3くらいの量の写真を捨てた。</p><p>とは言え、まだまだ本丸の分厚いアルバム10冊は手付かずのままなのだが。</p><p>【思い出の選別】は予想よりはるかにエネルギーを消費するので、</p><p>気合いと体力がかなり必要だ。1日で出来る作業はここまで、と見切りをつけ、</p><p>私はその日の作業を終えた。</p><p><br></p><p>アルバムに入りきれてなかった写真も全てアルバムに納め直し、</p><p>さっきより少しだけ軽くなった箱を、クローゼットの1番上の棚に戻した。</p><p><br></p><p>…疲れた。</p><p><br></p><p>だが、デジタルデータとは違い</p><p>プリントされた写真には独特の温度を感じた。</p><p><br></p><p>特にインデックスプリントには撮影時の『時間経過』と『被写体との関係性や日常』</p><p>が見てとれて、なんとも言えない懐かしく切ない気持ちにさせられた。</p><p>当時のAPSの写真を現像すると、現像時にフィルム1本分の全コマを</p><p>1枚の印画紙に小さく並べて焼き付けた「インデックスプリント」</p><p>というものが必ず付いてきていたのだ。</p><p><br></p><p>数枚のインデックスプリント。</p><p>亡き祖母、亡き父、当時一緒に暮らしていたうさぎ達。</p><p>そのうさぎを大切そうに撫でる祖母の手、</p><p>うさぎを抱いてはにかむように微笑む父の姿。</p><p>あの日あの時の、実家での何気ない日常。</p><p><br></p><p>祖母も、父も、うさぎ達も、実家も。</p><p>全て何一つ今はこの世に存在しない。<br><p><br></p></p><p>小さなインデックスに顔を近づけ、食</p><p>い入るように眺め、ふっとため息をついた。</p><p><br></p><p>人はいつか死ぬ。</p><p>私もいつまでも生きているわけではない。</p><p><br></p><p>残りの人生で、何を残して大切にしていくべきか。</p><p>何と向き合っていくべきか。限りある時間を誰と分かち合うべきか。</p><p>色々考える。</p><p><br></p><p>誰かが　</p><p>『たった一つのスーツケースさえあればどこにでも引越しが出来る』</p><p>と言っていたのをふと思い出す。</p><p><br></p><p>私はまだまだ全然だ。</p><p>もっと身軽になりたい。</p><p>自分の命が尽きる時、モノに溢れかえった部屋を残したくない。</p><p>もっとどんどん、しっかりと自分とモノとの向き合い方を</p><p>深めて行くべきだなと改めて思った。</p><p><br></p><p>シンプルに生きる。</p><p>人間関係も、モノも、</p><p>年齢を重ねるごとにどんどん身軽に。</p><p><br></p><p>断捨離はこれからもずっと続けて行くべき、</p><p>私の今世での宿題かもしれない。</p><p>※↓使用した写真は、叔母の形見分けで貰った祖父の写真。</p><p>ちなみに生まれる前に亡くなっているので、私は会った事がない。</p><p>（じいちゃん勝手に写真使ってごめん）</p><p><br></p><p>※note記事　2026年4月27日より</p><p><br></p><p><br></p>
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			<p>ここ3日間ほど、断捨離をしている。</p><p><br></p><p>本を読んだことがきっかけで（カレン・キングストン著 田村明子 訳</p><p>【ガラクタ捨てれば自分が見える 風水整理術入門】）自分の持ち物や</p><p>住空間と向き合わなければいけないと感じ、</p><p>やっと重い腰を上げることができた。</p><p><br></p><p>私の断捨離熱は、数年おきにやってくる。</p><p>けれどここ最近はなかなか思うように進まず、</p><p>物にあふれ、乱雑になった部屋の中で、</p><p>表面だけを整えるような小手先の片づけを繰り返す日々が続いていた。</p><p><br></p><p>昨年の秋から始まったマンションの外壁改修工事も、その一因だったと思う。</p><p>建物全体が布に覆われ、窓はビニールで目張りされ、ベランダも使えない。</p><p>本来外に置いていた植木やプランター、ゴミ箱を</p><p>すべて室内で管理しなければならず、部屋の中はさらに雑然としていった。</p><p><br></p><p>葉は散り、土はこぼれ、それをシートやタオルでしのぐ。</p><p>窓は開けられず、換気もできない。後半は騒音も加わり、</p><p>落ち着く場所がどこにもなかった。</p><p><br></p><p>その頃はエストニア渡航の準備も重なり、</p><p>コンペの練習や不安も抱えながら、心は常に擦り減っていたと思う。</p><p><br></p><p>工事が終わり、ベランダが使えるようになっても、</p><p>すぐに片づけに取りかかることはできなかった。</p><p>錆びたスチールラックやガラクタがベランダに残り、</p><p>それがあることにも慣れてしまい、気力が湧かなかった。</p><p><br></p><p>毎日「片づけなければ」と思いながらも、体調や気分を理由に動けない日が続いた。</p><p>けれど今回、もうこれ以上引き延ばすことはできないと決めた。</p><p><br></p><p>最初に手をつけたのは、引き出しの中の書類だった。</p><p>紙類は比較的手放しやすい。掃除用に取っておいたフリーペーパーは</p><p>必要最小限だけ残し、古い年賀状や手紙、メモ類を処分した。</p><p>そこから徐々に範囲を広げていく。使わなくなった資料やファイル、</p><p>クリアファイル、古い手帳、ショップカード。</p><p><br></p><p>次に衣類。破れてはいないけれど、見栄えが悪くなった靴下や下着、</p><p>Tシャツやニット。「まだ使える」ではなく、「気持ちよく使えるか」で判断して手放した。</p><p><br></p><p>キッチンにも手を伸ばす。増えがちな保存容器は数を絞り、使いにくい皿や、</p><p>先の削れた菜箸も処分する。引き出しの奥には、もう使わないものが意外と潜んでいる。</p><p><br></p><p>そうして少しずつ進めていくうちに、断捨離に拍車がかかり、</p><p>気づけば「何か不要なものはないか」と部屋の中を探し回るようになっていた。</p><p><br></p><p>この時点で、すでに45リットルのゴミ袋が2つ分。</p><p><br></p><p>そして次に目を向けたのが、本棚だった。</p><p>ぎっしりと詰まった本の中から、「もう二度は読まないだろう」と思うものを選び出す。</p><p><br></p><p>フリマアプリにも出品していたけれど、売れるまでに時間がかかる。</p><p>ずっと売れない本もある。それならば、今すぐこの空間を軽くしたい、</p><p>その気持ちの方が強くなった。</p><p>持ち込みの買取は手間も時間もかかる。</p><p>そう考えて選んだのが、集荷サービスのある買取だった。</p><p><br></p><p>段ボールに本を詰め、QRコードを読み取り、申し込みをする。着払いで送れる。</p><p>査定額はきっと高くはない。それでも構わない。</p><p><br></p><p>一箱分の本が、一気に部屋から消える。その軽さの方が、ずっと価値があると思った。</p><p>本の次に目を向けたのは、靴だった。</p><p>足になじみ、とても履きやすいスニーカー。</p><p>気に入っていて、同じデザインを何度もリピートしているものだ。</p><p><br></p><p>けれど、かかとは擦り減り、履き込んだ分だけ全体にくたりとした印象もある。</p><p>履き心地だけを考えれば、まだ十分使える。</p><p>けれど見た目には、やはり“少し疲れている”感じが否めなかった。</p><p>しばらく迷ったあと、私はこの断捨離の流れに身を任せて、手放すことにした。</p><p><br></p><p>続いて、シーズンを終えて箱にしまっていたムートンブーツ。</p><p>これも長年履き慣れた一足で、同じようにかかとが擦り減っている。</p><p>迷いはあったけれど、スニーカーと同じタイミングで手放すことにした。</p><p><br></p><p>断捨離は、ただ物を捨てる作業ではない。</p><p><br></p><p>その物と過ごしてきた時間を、一つひとつ思い返し、</p><p>自分との関係を見つめ直す作業でもある。</p><p>だからこそ、取りかかるまでに気持ちが重くなることもあるし、</p><p>判断のたびに、小さな痛みのようなものを感じることもある。</p><p><br></p><p>けれど一度流れに乗ると、これからの自分にふさわしいものだけを残していくことが、</p><p>次第に心地よく感じられるようになっていく。</p><p><br></p><p>そして、昨日の最後に手をつけたのは、アクセサリーボックスだった。</p><p>ずいぶん前に買った、ティファニーのシルバー製のクロスのペンダント。</p><p>長い間放置していたせいで、錆びて緑がかり、表面はざらつき、</p><p>とても身につけられる状態ではなかった。</p><p>そのままゴミ箱に放り込もうとした、その瞬間。</p><p>ふと思い立ち、セスキソーダにつけてみることにした。</p><p>何度か磨いては浸け、また磨いては浸ける。</p><p>最初はびくともしなかった錆びと腐食。</p><p>けれど三度目に浸けたとき、水が青く変わった。</p><p>取り出して洗ってみると、シルバーは少しずつ輝きを取り戻し、</p><p>かつて愛用していた頃に近い状態に戻っていた。</p><p>捨てようとしていたペンダントを、私は残した。</p><p>そして今日、それを身につけている。</p><p><br></p><p>断捨離は、ただ物を減らす作業ではない。</p><p>手放すものを選ぶと同時に、もう一度向き合い、手をかけ、</p><p>残すものを選び直す作業でもある。</p><p><br></p><p>私の断捨離は、まだ続く。</p><p>これからが本番だ。</p><p><br></p><p>クローゼット2つ分の不要物を見直し、手放していかなければならない。</p><p>6月の誕生日までに、ミニマルで心地よい暮らしを手に入れたいと、心から思っている。</p><p>すべてを手放すのではなく、本当に必要なものだけを、もう一度自分の手に取り戻していく。</p><p>断捨離とは、過去と現在の自分の在り方を見つめ直し、なりたい未来を再構築する作業だ。</p><p><br></p><p>執着を捨て、厳選したモノたちを残し、清潔で快適な空間を作る事でもある。</p><p>結果、それは自分や家族を大切にする事でもある。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月26日より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[エラーの奥にあるもの]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58868038/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/6469f854383cc76ce844f3ed209dad4a_65e029ecb83b23130ec2d390bb532c1e.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58868038</id><summary><![CDATA[エストニアから帰って、私の朝練の内容は少しずつ変化してきている。以前は、あるイベントに向けて、ひたすら踊り込み、ミスを減らし、完成度を上げ、表現を深める。そんなふうに「作品を仕上げるための練習」を繰り返していた。けれど、エストニアで学び、感じ、見たことが、私の練習の在り方を大きく変えた。本来なら、最初からそうあるべきだったのかもしれない。私は、自分の個性や得意な部分を伸ばすことに偏りすぎていたのだと思う。その結果、知らず知らずのうちに、ある種の落とし穴に、深くはまり込んでいた。個人レッスンで感じた、あの重心の位置のエラー。それは、これまで自分が正しいと思っていた位置とはまったく違い、一段、二段と高い場所にあった。それを「重心」と呼んでいいのかは分からない。けれど、奥の方からくっと引き上がるような感覚。それを実際に触れてもらい、ぐっと持ち上げてもらって、初めて体感することができた。これは、グループレッスンやオンラインでは決して得られなかった感覚だと思う。帰国した翌日から、朝練の中でその感覚を再現しようと、何度も微調整を重ねてきた。すると、かかとの上にストンと重心が乗る。回転や動きの中で、その位置を自在に移動できる。上へ引き上げる力と、下へ押す力が同時に働き始める。これまで、なぜこんなにもぐらつくのか。なぜコントロールが難しいのか。そう感じていたことが、少しずつ、すらすらと噛み合っていくような、不思議な感覚があった。手首。このパーツが鍵になる。肘は胸から生まれ、胸、肩甲骨、肘、手首、指先、爪先へと、ひとつの流れが通る。分散せず、途切れず、一本の線として繋がっていく。この流れが整うと、頭の位置は自然と定まり、足運びも軽くなる。上半身のラインが整い、私が目指していたあの形に、少しずつ近づいていく。そして、シャッセ。なぜかずっと、自分のシャッセが気になっていた。というより、どこか嫌いだった。どうしてこんなに不格好なのか。なぜこんなにも平べったく見えるのか。骨盤のカーブは使っているはずなのに、足運びがどこか噛み合わない。そのエラーの正体が、長い間わからなかった。けれど、それは足ではなかった。エストニアで修正していただいた、あの部分。そこにこそ、大きな原因があったのだ。足に現れているエラーが、足そのものの問題とは限らない。腕のエラーも、腕に原因があるとは限らない。別の部分のズレが影響し、結果としてそこに現れていることもある。だからこそ、自分のエラーに気づきにくいし、直そうとしているのに、かえっておかしくなってしまうこともある。見えているエラーは、あくまで結果でしかない。原因はもっと奥の、深いところにある。⸻日々、基礎を落とし込みながら振付を踊り、エラーを見つけては修正する。その繰り返しの中で、小さな気づきが一つ、また一つと積み重なっていく。その静かな変化の連なりに、私はすっかり魅了されている。⸻自分の踊りが大嫌いで、落ち込んで、自暴自棄になって。なんでこんなことを続けているんだろう、もうやめたいと、口にしたこともあった。それでも今は、小さな一歩を重ねながら、少しずつ、自分がなりたい踊り方に近づいているような気がしている。そして毎朝、ほんの小さな気づきに喜びを見つけ、面白がっている。その積み重ねの中で、踊ることが、静かに、確かに楽しくなってきた。note記事　2026年4月21日より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-05-28T09:04:21+00:00</published><updated>2026-05-28T09:04:22+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>エストニアから帰って、</p><p>私の朝練の内容は少しずつ変化してきている。</p><p><br></p><p>以前は、あるイベントに向けて、ひたすら踊り込み、</p><p>ミスを減らし、完成度を上げ、表現を深める。</p><p>そんなふうに「作品を仕上げるための練習」を繰り返していた。</p><p>けれど、エストニアで学び、感じ、見たことが、私の練習の在り方を大きく変えた。</p><p><br></p><p>本来なら、最初からそうあるべきだったのかもしれない。</p><p>私は、自分の個性や得意な部分を伸ばすことに偏りすぎていたのだと思う。</p><p>その結果、知らず知らずのうちに、ある種の落とし穴に、深くはまり込んでいた。</p><p><br></p><p>個人レッスンで感じた、あの重心の位置のエラー。</p><p>それは、これまで自分が正しいと思っていた位置とはまったく違い、一段、二段と高い場所にあった。</p><p>それを「重心」と呼んでいいのかは分からない。</p><p>けれど、奥の方からくっと引き上がるような感覚。</p><p>それを実際に触れてもらい、ぐっと持ち上げてもらって、初めて体感することができた。</p><p>これは、グループレッスンやオンラインでは決して得られなかった感覚だと思う。</p><p>帰国した翌日から、朝練の中でその感覚を再現しようと、何度も微調整を重ねてきた。</p><p>すると、かかとの上にストンと重心が乗る。</p><p>回転や動きの中で、その位置を自在に移動できる。</p><p>上へ引き上げる力と、下へ押す力が同時に働き始める。</p><p>これまで、なぜこんなにもぐらつくのか。</p><p>なぜコントロールが難しいのか。</p><p>そう感じていたことが、少しずつ、すらすらと噛み合っていくような、不思議な感覚があった。</p><p><br></p><p>手首。このパーツが鍵になる。</p><p>肘は胸から生まれ、胸、肩甲骨、肘、手首、指先、爪先へと、ひとつの流れが通る。</p><p>分散せず、途切れず、一本の線として繋がっていく。</p><p>この流れが整うと、頭の位置は自然と定まり、足運びも軽くなる。</p><p>上半身のラインが整い、私が目指していたあの形に、少しずつ近づいていく。</p><p><br></p><p>そして、シャッセ。</p><p>なぜかずっと、自分のシャッセが気になっていた。</p><p>というより、どこか嫌いだった。</p><p>どうしてこんなに不格好なのか。</p><p>なぜこんなにも平べったく見えるのか。</p><p>骨盤のカーブは使っているはずなのに、足運びがどこか噛み合わない。</p><p>そのエラーの正体が、長い間わからなかった。</p><p>けれど、それは足ではなかった。</p><p>エストニアで修正していただいた、あの部分。</p><p>そこにこそ、大きな原因があったのだ。</p><p><br></p><p>足に現れているエラーが、足そのものの問題とは限らない。</p><p>腕のエラーも、腕に原因があるとは限らない。</p><p>別の部分のズレが影響し、結果としてそこに現れていることもある。</p><p>だからこそ、自分のエラーに気づきにくいし、</p><p>直そうとしているのに、かえっておかしくなってしまうこともある。</p><p>見えているエラーは、あくまで結果でしかない。</p><p>原因はもっと奥の、深いところにある。</p><p>⸻</p><p>日々、基礎を落とし込みながら振付を踊り、エラーを見つけては修正する。</p><p>その繰り返しの中で、小さな気づきが一つ、また一つと積み重なっていく。</p><p>その静かな変化の連なりに、私はすっかり魅了されている。</p><p>⸻</p><p>自分の踊りが大嫌いで、落ち込んで、自暴自棄になって。</p><p>なんでこんなことを続けているんだろう、もうやめたいと、口にしたこともあった。</p><p>それでも今は、小さな一歩を重ねながら、</p><p>少しずつ、自分がなりたい踊り方に近づいているような気がしている。</p><p><br></p><p>そして毎朝、ほんの小さな気づきに喜びを見つけ、面白がっている。</p><p>その積み重ねの中で、踊ることが、静かに、確かに楽しくなってきた。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月21日より</p><p><br></p>
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			<p>ダンスで自分が1番大切にしている部分は</p><p>表現する事、伝える事。</p><p>それが唯一自分に出来る事だと信じてた。</p><p><br></p><p>今、学んでいるオリエンタルスタイル。</p><p>ここ半年くらい向き合う事が苦しかった。</p><p>自分の特性と真逆なダンス。</p><p>自分の個性が邪魔になる。</p><p>表現したい事とも違う気がする。</p><p>迷って、行き詰まって、諦めかけて、</p><p>向き合う事をやめて、少し投げやりになっていた。</p><p><br></p><p>そんな中、ギリギリまで迷いながらもロシアに来ることを決断し、</p><p>若いエリートダンサー達や母世代のダンサー達に混じって一人、</p><p>オリエンタルベリーダンスにどっぷり浸かる毎日を過ごしてる。</p><p><br></p><p>自分のダンスはベリーダンスではなく、ましてやバレエでもない。</p><p>どちらにも寄り添えずコウモリみたいと思いながら。</p><p><br></p><p>有り難いことに、フェスティバルのゲストの先生方が</p><p>アドバイスを下さったり問題点を指摘して下さる。</p><p><br></p><p>頂いたアドバイスを受け止めて、わたしはどうするべきなんだろう、</p><p>と更に自問自答を繰り返す。</p><p><br></p><p>本当はこのロシア渡航を最後にオリエンタルを諦めようと思いかけていた。</p><p>特性に合わないダンスに苦しむより、</p><p>もっと色々な音楽に沿って自由な表現を追求しようと思っていた。</p><p><br></p><p>だけどそれで本当にいいのだろうか。</p><p>自由を求めて好き勝手に踊って、果たして本当の自由と言えるのだろうか。</p><p>自分を剥き出しにして踊る事は逆に不自由になるのではないだろうか。</p><p>きちんとベースになるものを取り入れて、</p><p>噛み砕いて、取り込んで、</p><p>その後に自分の個性が初めて滲み出てくるのではないだろうか。</p><p><br></p><p>この数日間、一人で、ロシアで。</p><p>ずっと繰り返し繰り返し考えた。</p><p><br></p><p><br></p><p>ちっぽけな自分に拘って、</p><p>目先の苦しさや不自由さから逃げて学ぶ事をやめるのは違う。</p><p>昨日、Live Band ClassicOriental部門を踊り終えて感じた。</p><p><br></p><p>踊る直前の特訓が辛かった。</p><p>些細な事さえ要求通りに出来ない。</p><p>行き詰まり、出来ない自分が不甲斐なく苦しかった。</p><p>苛立ちや焦りもあった。</p><p><br></p><p>だけど舞台に一歩踏み出すと、ミュージシャンが奏でる生の音に身体が導かれ、</p><p>目の前に広がった視界に自由を感じた。</p><p>誰の為ではない。自分の為に、この瞬間の為に踊っている。</p><p>言葉では言い尽くせない、充実感と心地よい緊張感だった。</p><p>答えは結果ではなく、『今ここ』で感じている自分の喜びだったのだと感じた。</p><p><br></p><p>音楽に寄り添い、感情を乗せる。</p><p>観客に伝える言語として、ダンステクニックがある。</p><p><br></p><p>エジプトの音楽、エジプトのリズム、エジプトの言葉。</p><p>エジプシャンダンスが未熟で、しかも日本人のわたしがどんなに寄り添おうとしても</p><p>一体化できない隔たりがかなりある。</p><p>だけど、今の精一杯は出し切れたと感じた。</p><p>出来なくても、不格好でも、それが自分。</p><p>それでもこの場所に立ち、ギリギリまで渡航が危ぶまれた中、</p><p>チャレンジできた事は誇りに思う。</p><p><br></p><p>そしてギリギリまで自分の在り方に悩み、</p><p>諦めかけていたわたしを少し距離感を保ちながら励まし、</p><p>前日に特訓をして下さった先生。</p><p>やる気をなくし、迷いや諦めに囚われている人間に</p><p>指導することはどんなに大変だっただろうと思う。</p><p>ご自身のゲストとしてのパフォーマンス練習や雑務の合間に</p><p>貴重な時間を割いて下さったのだ。本当に有り難い。</p><p><br></p><p>奇跡が起きたのは、わたしの力ではなく</p><p>本当に先生方のアドバイスのおかげだ。</p><p><br></p><p>Modern Oriental Professional部門を踊り終えた後のわたしを呼び止め、</p><p>表現の仕方やテクニックについてアドバイスをして下さったレジェンドのラガーイ先生。</p><p>先生のアドバイスがあったからこそ、LIVE bund部門とClassic Oriental部門の</p><p>踊り方への気持ちの切り替えと対策が出来た。</p><p><br></p><p>そしてCairo Mirage Bellydance Union主催の、</p><p>エジプシャンベリーダンスのレジェンド、Katia。</p><p>沢山のアドバイスに加え、わたしの良いところを言葉にして伝えてくださった事、</p><p>本当に嬉しかったし救われた。もう少しだけ頑張ってみようと</p><p>前向きな気持ちをプレゼントしてもらえた気分だった。</p><p><br></p><p>わたしにとって4回目のロシア。</p><p>訪れる度にロシアの人たちの温かさやダンスや芸術に対する情熱、</p><p>インスピレーションを沢山貰える特別な場所。</p><p>日本の次に、HOMEと呼べる場所なのかもしれない。　　</p><p><br></p><p>また、ロシアで。</p><p>必ず。</p><p><br></p><p>※2020年3月　Rira blog</p><p>“J'aime vivre librement”掲載分より</p><p><br></p><p><br></p><p>以下追記（2026年4月18日）</p><p>ー2020年当時、世界中がパンデミックで騒然としている時期、渡航しても無事に日程を消化できるのか？帰国できるのか？確証がひとつも無く、ギリギリまで決断出来ず、迷いに迷った末のチャレンジだったことを思い出す。当時の私は人間関係で疲弊し、心を病んでいた。</p><p>そんな中、唯一踊りだけが自分自身を救うもので、縋るようにコンペへのチャレンジと、日本の日常を離れ、私にとっての踊りの故郷であるロシア渡航を望んだのであった。</p><p>だが、日本よりも海外の方が早くパンデミックは広がり、渡航の為の飛行機は大混乱。</p><p>実際、私以外の日本人出場者は、現地の日程の半分手前で帰国を余儀なくされ（往復で予約していた便の復路がフライトキャンセルになり、新たに高額で別エアラインのチケットを急遽手配し早期帰国）、また、フェスティバル主催のロシア人マスターティーチャー・カティアをはじめエジプト人のマスターティーチャーの方々はフェスティバル終了後も宿泊施設から動けず（感染症拡大によりロシアーエジプトの便が停止）、同ホテルに1ヶ月ほど追加で滞在する羽目になり、毎夜インスタライブで公開レッスン開催する事に。</p><p>未知のウイルスの侵略という、かつて経験したことが無い、得体の知れない恐怖を日々感じ、世界中がパニックになっていたことを思い出す。</p><p>あの頃の私より、今の方がより自分の踊りと向き合えるようになったと思う。</p><p>練習の仕方、考え方、身体の使い方、音楽の表現の仕方…側から見るとあまり変化がないのであろうが、自分の中の感覚は別モノ級に変化した。（と、思いたい）</p><p>だが、踊りのテクニックも表現も、夏の日の【逃げ水】のように、追っても追っても追いつけず、やればやるほど自分の未熟さとポンコツっぷりを思い知らされて、満たされる事は無い。</p><p>2022年の冬、【自分の限界まで、真摯に自分の踊りと向き合い続けること】を誓った。</p><p>私は踊りという、唯一自分が幼少期より辞めずに続けてきている事に対して、どんなに焦がれても満たされることはなく、報われることはないことを痛いほど知っている。一生、片思いをし続けるのだ。</p><p>だけどこうして、【続けられるもの】があるだけでもしあわせな人生なのかもしれない。</p><p>そう思いつつ、死ぬまで、</p><p>踊る阿呆で居続けたいと切に願う。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月19日より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ガラクタ捨てれば自分が見える 風水整理術入門]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58848237/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/84b8e4c815546ebe3e07d7b08cffa4d8_672ea89c47d8a5b59ece773984a2935d.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58848237</id><summary><![CDATA[カレン・キングストン著 田村明子 訳【ガラクタ捨てれば自分が見える 風水整理術入門】読了。この本は随分前にthread投稿で偶然見かけて、購入したまま積読してた一冊。3月4日にエストニアから帰国してから、今に至るまで、日本の春先の気候（肌寒さと交互に来る暑い日差し、黄砂、花粉、雨、気圧の乱高下）にやられて、ほぼ毎日頭痛に悩まされ、身体が絶不調だった。そんな状態なので何もやる気になれず、気分は鬱々とし、部屋の掃除や片付けも捗らないままでいた。未読の本の中からこれを見つけ、『今がまさにこの本を読むタイミング』と思い、読み始めた。正直、風水や占いはあまりよくわからないし、あまり信じない方ではある。だけどこれまで断捨離や掃除をしてきた経験値からいうと、部屋の状態と精神状態、体調はリンクしていると思う。モノを減らす＝執着を手放すモノを捨てることは最初は抵抗を感じるが、そのモノとの縁やエネルギーには賞味期限があるのだと理解すると意外とサクサクと進むし、捨てることが快感になってくるから不思議だ。本書は2002年の日本初版発行から25万部を超えるロングセラーを続けている。部屋の乱れである『ガラクタ』を徹底的に処分する『スペース・クリアリング』によってエネルギーの停滞を改善し、自分自身を見つめ直し、体・心・感情・魂をきれいにし本来の人生を取り戻す手順と例が丁寧に解説されている。本書を読んだおかげで私も少し気力が戻り、少しずつではあるがモノを減らし住環境を整える事を再度始めたところだ。いずれはホテルの部屋のように、少し殺風景なくらいモノが無い暮らしをしたいものだと願っている。note記事　2026年4月18日 より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-05-22T07:14:32+00:00</published><updated>2026-07-22T02:45:31+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>カレン・キングストン著 田村明子 訳</p><p>【ガラクタ捨てれば自分が見える 風水整理術入門】読了。</p><p><br></p><p>この本は随分前にthread投稿で偶然見かけて、購入したまま積読してた一冊。</p><p>3月4日にエストニアから帰国してから、今に至るまで、</p><p>日本の春先の気候</p><p>（肌寒さと交互に来る暑い日差し、黄砂、花粉、雨、気圧の乱高下）にやられて、</p><p>ほぼ毎日頭痛に悩まされ、身体が絶不調だった。</p><p>そんな状態なので何もやる気になれず、気分は鬱々とし、</p><p>部屋の掃除や片付けも捗らないままでいた。</p><p><br></p><p>未読の本の中からこれを見つけ、</p><p>『今がまさにこの本を読むタイミング』と思い、読み始めた。</p><p><br></p><p>正直、風水や占いはあまりよくわからないし、あまり信じない方ではある。</p><p>だけどこれまで断捨離や掃除をしてきた経験値からいうと、</p><p>部屋の状態と精神状態、体調はリンクしていると思う。</p><p><br></p><p>モノを減らす＝執着を手放す</p><p>モノを捨てることは最初は抵抗を感じるが、</p><p>そのモノとの縁やエネルギーには賞味期限があるのだと理解すると</p><p>意外とサクサクと進むし、捨てることが快感になってくるから不思議だ。</p><p><br></p><p>本書は2002年の日本初版発行から25万部を超えるロングセラーを続けている。</p><p>部屋の乱れである『ガラクタ』を徹底的に処分する</p><p>『スペース・クリアリング』によってエネルギーの停滞を改善し、</p><p>自分自身を見つめ直し、体・心・感情・魂をきれいにし</p><p>本来の人生を取り戻す手順と例が丁寧に解説されている。</p><p>本書を読んだおかげで私も少し気力が戻り、</p><p>少しずつではあるがモノを減らし住環境を整える事を再度始めたところだ。</p><p><br></p><p>いずれはホテルの部屋のように、</p><p>少し殺風景なくらいモノが無い暮らしをしたいものだと願っている。</p><p>note記事　2026年4月18日 より</p><p><br></p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/84b8e4c815546ebe3e07d7b08cffa4d8_672ea89c47d8a5b59ece773984a2935d.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[行動は、心が動いたときにしか起こらない]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58837349/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/287d1b74e8a92284a16bad68a032ca66_38a48c3cf49f65218b1c9b1c566f624c.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58837349</id><summary><![CDATA[最近、改めて思う。人は「やらなければ」と頭で考えたことでは、なかなか動けない。行動は、心の底から「やりたい」と感じたときにしか起こらないのだ。例えば、断捨離。私は去年の年末頃からずっと、「片付けたい」「すっきり暮らしたい」と思い続けている。頭の中では、毎日のようにその言葉を繰り返している。それなのに、なぜか動けない。⸻頭の中の大合唱頭を使い始めると、必ずあの声たちが現れる。「もう少し後でやろう」「この動画を見てからにしよう」「まず休憩しようか」「疲れるな」「こんなこともできない自分はダメだ」こうして、頭の中で大合唱が始まる。すると体はますます動かなくなる。そして、動けなかった自分を責める声がまた加わる。気づけば、何もしていないのに、ただただ疲れている。⸻小さな行動が、流れを変えるそんな中で気づいたことがある。このループを断ち切るのは、思考ではなく行動だ。例えば、ゴミを捨てる。ゴミ箱の中のものを、ベランダの袋に移す。それだけ。たったそれだけのことで、少し空気が軽くなる。そこから、キッチンを少し磨く。ピカピカになった表面を見ると、気分が少し上がる。さらにカーペットを拭く。余裕があればフローリングも。ほんの少しずつ、範囲が広がっていく。行動が、次の行動を呼ぶ。⸻掃除と断捨離は、似て非なるものここでひとつ、はっきり分かったことがある。掃除は「整える行為」だが、断捨離は「選ぶ行為」だ。掃除は、体を動かせば進む。しかし断捨離は、判断を伴う。何を残し、何を手放すのか。この選別作業は、想像以上に頭を使い、そして静かに精神を削っていく。⸻一番厄介なもの特に困るのが、「まだ使えるもの」だ。古くもなく、状態も良い。けれど、使っていない。こういうものは、捨てるには惜しいし、売ることもできる。しかし、売るとなると話は変わる。写真を撮り、サイズを測り、文章を書く。その手間を思うと、途端に手が止まる。断捨離したいはずなのに、その手前で立ち止まってしまう。⸻クローゼットの中のエントロピー気づけば、私のクローゼットは満員電車のようになっていた。レッスンウェア、衣装、普段着、趣味のもの、読み終えた本。あらゆるものが混ざり合い、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。本来、私はシンプルな空間が好きだ。ホテルのように、余白のある暮らしに憧れている。それなのに、現実は真逆。このズレが、日々のストレスになっているのは間違いない。⸻なぜ動けないのか「やれば楽になる」と分かっているのに動けない。その理由は、意思の弱さではない。気温の変化、気圧の乱高下、雨、空気の重さ。そして、毎日の頭痛と疲労。体そのものが、すでに消耗している。これは、やる気の問題ではなく、コンディションの問題なのだ。⸻それでも、少しずつだからこそ、一気に変えようとしない。ゴミをひとつ捨てる。キッチンを少し磨く。クローゼットに、ほんの少しの余白を作る。そして、違和感のあるものを一つだけ外す。それでいい。⸻行動は、意味から生まれる人は「正しいこと」では動かない。人は「意味を感じたこと」で動く。そしてその意味は、頭ではなく、体と感覚の中で育っていく。⸻焦らなくていい。まずはひとつ、小さな行動から。そこから、流れは静かに変わり始める。note記事　2026年4月15日]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-05-19T01:39:48+00:00</published><updated>2026-05-19T01:40:44+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>最近、改めて思う。</p><p>人は「やらなければ」と頭で考えたことでは、なかなか動けない。</p><p>行動は、心の底から「やりたい」と感じたときにしか起こらないのだ。</p><p>例えば、断捨離。</p><p>私は去年の年末頃からずっと、</p><p>「片付けたい」「すっきり暮らしたい」と思い続けている。</p><p>頭の中では、毎日のようにその言葉を繰り返している。</p><p>それなのに、なぜか動けない。</p><p>⸻</p><p>頭の中の大合唱</p><p>頭を使い始めると、必ずあの声たちが現れる。</p><p>「もう少し後でやろう」</p><p>「この動画を見てからにしよう」</p><p>「まず休憩しようか」</p><p>「疲れるな」</p><p>「こんなこともできない自分はダメだ」</p><p>こうして、頭の中で大合唱が始まる。</p><p>すると体はますます動かなくなる。</p><p>そして、動けなかった自分を責める声がまた加わる。</p><p>気づけば、何もしていないのに、</p><p>ただただ疲れている。</p><p>⸻</p><p>小さな行動が、流れを変える</p><p>そんな中で気づいたことがある。</p><p>このループを断ち切るのは、思考ではなく行動だ。</p><p>例えば、ゴミを捨てる。</p><p>ゴミ箱の中のものを、ベランダの袋に移す。</p><p>それだけ。</p><p>たったそれだけのことで、少し空気が軽くなる。</p><p>そこから、キッチンを少し磨く。</p><p>ピカピカになった表面を見ると、気分が少し上がる。</p><p>さらにカーペットを拭く。</p><p>余裕があればフローリングも。</p><p>ほんの少しずつ、範囲が広がっていく。</p><p>行動が、次の行動を呼ぶ。</p><p>⸻</p><p>掃除と断捨離は、似て非なるもの</p><p>ここでひとつ、はっきり分かったことがある。</p><p>掃除は「整える行為」だが、</p><p>断捨離は「選ぶ行為」だ。</p><p>掃除は、体を動かせば進む。</p><p>しかし断捨離は、判断を伴う。</p><p>何を残し、何を手放すのか。</p><p>この選別作業は、想像以上に頭を使い、</p><p>そして静かに精神を削っていく。</p><p>⸻</p><p>一番厄介なもの</p><p>特に困るのが、</p><p>「まだ使えるもの」だ。</p><p>古くもなく、状態も良い。</p><p>けれど、使っていない。</p><p>こういうものは、捨てるには惜しいし、</p><p>売ることもできる。</p><p>しかし、売るとなると話は変わる。</p><p>写真を撮り、サイズを測り、文章を書く。</p><p>その手間を思うと、途端に手が止まる。</p><p>断捨離したいはずなのに、</p><p>その手前で立ち止まってしまう。</p><p>⸻</p><p>クローゼットの中のエントロピー</p><p>気づけば、私のクローゼットは満員電車のようになっていた。</p><p>レッスンウェア、衣装、普段着、趣味のもの、読み終えた本。</p><p>あらゆるものが混ざり合い、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。</p><p>本来、私はシンプルな空間が好きだ。</p><p>ホテルのように、余白のある暮らしに憧れている。</p><p>それなのに、現実は真逆。</p><p>このズレが、日々のストレスになっているのは間違いない。</p><p>⸻</p><p>なぜ動けないのか</p><p>「やれば楽になる」と分かっているのに動けない。</p><p>その理由は、意思の弱さではない。</p><p>気温の変化、気圧の乱高下、雨、空気の重さ。</p><p>そして、毎日の頭痛と疲労。</p><p>体そのものが、すでに消耗している。</p><p>これは、やる気の問題ではなく、</p><p>コンディションの問題なのだ。</p><p>⸻</p><p>それでも、少しずつ</p><p>だからこそ、一気に変えようとしない。</p><p>ゴミをひとつ捨てる。</p><p>キッチンを少し磨く。</p><p>クローゼットに、ほんの少しの余白を作る。</p><p>そして、違和感のあるものを一つだけ外す。</p><p>それでいい。</p><p>⸻</p><p>行動は、意味から生まれる</p><p>人は「正しいこと」では動かない。</p><p>人は「意味を感じたこと」で動く。</p><p>そしてその意味は、頭ではなく、</p><p>体と感覚の中で育っていく。</p><p>⸻</p><p>焦らなくていい。</p><p>まずはひとつ、</p><p>小さな行動から。</p><p>そこから、流れは静かに変わり始める。</p><p><br></p><p>note記事　2026年4月15日</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[喪失]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58814360/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/6fe0a9690ece39e773e366f9be67952d_222ff956cc08fee52e5c3e22470a3b39.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58814360</id><summary><![CDATA[その場所から、ある人の気配がふっと消えた瞬間、私は言葉にできないほどの寂しさと悲しさを感じた。どれだけその人の存在が、その場の空気を温めていたのかを、そのとき初めて思い知った。その人とは、特別親しいわけでも、よく話をする関係でもなかった。私が教えているクラスの前のクラスの受講生の方で、クラスの入れ替わりの時間に、着替えを待っていたり、帰り支度をしていたりする姿を、いつも鏡越しに見ていた。先生に見送られながら、「また来週」と笑顔で挨拶を交わすその光景は、いつしか私にとって当たり前の風景になっていた。言葉を交わすことはほとんどなく、ただすれ違うときに挨拶をするだけ。名前を知っていて、顔を知っていて、それ以上でも、それ以下でもない関係。けれど—その方の話し声や笑い声、やわらかな笑顔、家路につく後ろ姿。私はそれらを、毎週、毎週、10年以上見続けてきていたのだ。先週の月曜日も、いつもと同じように、私はその方の前を通りながら「お疲れさまです」と声をかけた。するとその方は、いつもより少し上機嫌で、やわらかな笑顔で挨拶を返してくださった。その瞬間、私の中に、ふんわりとした温かさが広がった。—ああ、今日はレッスンが楽しかったのかな。そんなことを思いながら、私は自分のレッスンの準備をしていた。やがて私のクラスが始まり、その方は着替えを終えてスタジオを出ていく。スタッフの先生がパタパタと後を追いかけ、「どこに車停めたの？またリバーサイド？」と、楽しそうに、どこか名残惜しそうに会話を交わし、最後は「また来週ね」と笑顔で別れる。それもまた、いつもの光景だった。私は確かに、その様子を見送った。これまで10年以上、そうしてきたときと同じように。—それなのに。昨日、スタジオに入ったとき、私はふと違和感を覚えた。クールダウンのストレッチの時間で、スタジオの電気は消えている。それは、いつも通りのはずだった。けれど、何かが違う。何が違うのかは、言葉にできない。ただ、何かが欠けている感覚だけがあった。その違和感を抱えたまま控え室に入ると、先生がぽつりとつぶやいた。「寂しいよね」その一言で、胸の奥に冷たいものが落ちていく。—嫌な予感がした。レッスンが終わったあと、先生から、その方が急に亡くなられたということを聞かされた。私は、その場でフリーズしてしまった。言葉も出ず、表情も動かず、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。ご高齢の方だったから、いつかは起こり得ることだと頭ではわかっている。それでも、こんなにも突然に、何の前触れもなく、別れが訪れるなんて。特別な会話をしたことはない。ただ、10年以上、挨拶を交わしてきただけの方。それなのに—その方の持つ温度や、存在の大きさに、私は改めて気づかされた。その方がいない。もう、会えない。そう思った瞬間、体の奥からさーっと体温が引いていくような感覚が走った。そして何度も何度も、その方の笑顔が頭の中で繰り返される。椅子に腰掛け、少し疲れたような、それでもやわらかな笑顔で挨拶を返してくださるその姿。何度も、何度も、鮮明に蘇る。—ああ、もう会えないのか。もう、あの声を聞くこともできないのか。寂しさと、喪失感と、悲しさと—そして、もっとお話しすればよかった。もっと、いろいろと話しかければよかった。そんな後悔が、静かに込み上げてきた。昨日、この話を聞いたときは、ただ受け止められず、こみ上げるものを抑えるのがやっとだった。けれど今、こうして文章にすることで、あのときの気持ちや、あの方への思いを、ようやく外に出すことができている。そして今、やっと涙がこぼれた。—本当に寂しい。本当に、悲しい。10年以上にわたって、変わらず挨拶を返してくださったこと、心から感謝しています。あなたの存在が、どれほど私の中であたたかなものだったのかを、今、改めて知りました。本当に、ありがとうございました。86年の人生、お疲れさまでした。またいつか、どこかで、あのときのように、笑顔で挨拶を交わせますように。そう願ってやみません。そして改めて思う。大切なひとには、できるだけ気持ちを伝えよう。会いたい時にはすぐに会いに行こう。あなたが私にとってどれだけかけがえのない人なのか、あなたと過ごす時間がどれだけ私の心を温めて癒してくれているかを。躊躇わず、後回しにせず、素直に、丁寧に。伝えて行く事を心がけていこうと思った。]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-05-11T06:32:44+00:00</published><updated>2026-05-11T06:32:44+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>その場所から、ある人の気配がふっと消えた瞬間、</p><p>私は言葉にできないほどの寂しさと悲しさを感じた。</p><p><br></p><p>どれだけその人の存在が、</p><p>その場の空気を温めていたのかを、</p><p>そのとき初めて思い知った。</p><p><br></p><p>その人とは、特別親しいわけでも、</p><p>よく話をする関係でもなかった。</p><p>私が教えているクラスの前のクラスの受講生の方で、</p><p>クラスの入れ替わりの時間に、</p><p>着替えを待っていたり、帰り支度をしていたりする姿を、</p><p>いつも鏡越しに見ていた。</p><p>先生に見送られながら、</p><p>「また来週」と笑顔で挨拶を交わすその光景は、</p><p>いつしか私にとって当たり前の風景になっていた。</p><p><br></p><p>言葉を交わすことはほとんどなく、</p><p>ただすれ違うときに挨拶をするだけ。</p><p>名前を知っていて、顔を知っていて、</p><p>それ以上でも、それ以下でもない関係。</p><p><br></p><p>けれど—</p><p><br></p><p>その方の話し声や笑い声、</p><p>やわらかな笑顔、</p><p>家路につく後ろ姿。</p><p>私はそれらを、毎週、毎週、</p><p>10年以上見続けてきていたのだ。</p><p><br></p><p>先週の月曜日も、いつもと同じように、</p><p>私はその方の前を通りながら「お疲れさまです」と声をかけた。</p><p><br></p><p>するとその方は、</p><p>いつもより少し上機嫌で、</p><p>やわらかな笑顔で挨拶を返してくださった。</p><p><br></p><p>その瞬間、私の中に、</p><p>ふんわりとした温かさが広がった。</p><p>—ああ、今日はレッスンが楽しかったのかな。</p><p>そんなことを思いながら、</p><p>私は自分のレッスンの準備をしていた。</p><p><br></p><p>やがて私のクラスが始まり、</p><p>その方は着替えを終えてスタジオを出ていく。</p><p>スタッフの先生がパタパタと後を追いかけ、</p><p>「どこに車停めたの？またリバーサイド？」と、</p><p>楽しそうに、どこか名残惜しそうに会話を交わし、</p><p>最後は「また来週ね」と笑顔で別れる。</p><p><br></p><p>それもまた、いつもの光景だった。</p><p>私は確かに、その様子を見送った。</p><p>これまで10年以上、そうしてきたときと同じように。</p><p><br></p><p>—それなのに。</p><p><br></p><p>昨日、スタジオに入ったとき、</p><p>私はふと違和感を覚えた。</p><p>クールダウンのストレッチの時間で、</p><p>スタジオの電気は消えている。</p><p><br></p><p>それは、いつも通りのはずだった。</p><p>けれど、何かが違う。</p><p>何が違うのかは、言葉にできない。</p><p>ただ、何かが欠けている感覚だけがあった。</p><p><br></p><p>その違和感を抱えたまま控え室に入ると、</p><p>先生がぽつりとつぶやいた。</p><p><br></p><p>「寂しいよね」</p><p><br></p><p>その一言で、胸の奥に冷たいものが落ちていく。</p><p><br></p><p>—嫌な予感がした。</p><p>レッスンが終わったあと、</p><p>先生から、その方が急に亡くなられたということを聞かされた。</p><p><br></p><p>私は、その場でフリーズしてしまった。</p><p><br></p><p>言葉も出ず、表情も動かず、</p><p>ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。</p><p><br></p><p>ご高齢の方だったから、</p><p>いつかは起こり得ることだと頭ではわかっている。</p><p>それでも、こんなにも突然に、</p><p>何の前触れもなく、別れが訪れるなんて。</p><p><br></p><p>特別な会話をしたことはない。</p><p>ただ、10年以上、挨拶を交わしてきただけの方。</p><p>それなのに—</p><p>その方の持つ温度や、存在の大きさに、</p><p>私は改めて気づかされた。</p><p><br></p><p>その方がいない。</p><p>もう、会えない。</p><p><br></p><p>そう思った瞬間、</p><p>体の奥からさーっと体温が引いていくような感覚が走った。</p><p><br></p><p>そして何度も何度も、</p><p>その方の笑顔が頭の中で繰り返される。</p><p><br></p><p>椅子に腰掛け、</p><p>少し疲れたような、それでもやわらかな笑顔で</p><p>挨拶を返してくださるその姿。</p><p><br></p><p>何度も、何度も、鮮明に蘇る。</p><p><br></p><p>—ああ、もう会えないのか。</p><p>もう、あの声を聞くこともできないのか。</p><p><br></p><p>寂しさと、喪失感と、悲しさと—</p><p><br></p><p>そして、</p><p>もっとお話しすればよかった。</p><p>もっと、いろいろと話しかければよかった。</p><p>そんな後悔が、静かに込み上げてきた。</p><p><br></p><p>昨日、この話を聞いたときは、</p><p>ただ受け止められず、こみ上げるものを抑えるのがやっとだった。</p><p><br></p><p>けれど今、こうして文章にすることで、</p><p>あのときの気持ちや、あの方への思いを、</p><p>ようやく外に出すことができている。</p><p><br></p><p>そして今、やっと涙がこぼれた。</p><p><br></p><p><br></p><p>—本当に寂しい。</p><p>本当に、悲しい。</p><p><br></p><p><br></p><p>10年以上にわたって、</p><p>変わらず挨拶を返してくださったこと、</p><p>心から感謝しています。</p><p>あなたの存在が、</p><p>どれほど私の中であたたかなものだったのかを、</p><p>今、改めて知りました。</p><p>本当に、ありがとうございました。</p><p>86年の人生、お疲れさまでした。</p><p>またいつか、どこかで、</p><p>あのときのように、笑顔で挨拶を交わせますように。</p><p>そう願ってやみません。</p><p><br></p><p><br></p><p>そして改めて思う。</p><p>大切なひとには、できるだけ気持ちを伝えよう。</p><p>会いたい時にはすぐに会いに行こう。</p><p>あなたが私にとってどれだけかけがえのない人なのか、</p><p>あなたと過ごす時間がどれだけ私の心を温めて癒してくれているかを。</p><p><br></p><p>躊躇わず、後回しにせず、</p><p>素直に、丁寧に。</p><p>伝えて行く事を心がけていこうと思った。</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[無駄を省くこと、削ぎ落とすこと]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58785693/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/9ab07b0a3d1f8fba7339b785f8fe2d48_8269e2b2ffc1b941a8b028e46ecc53b4.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58785693</id><summary><![CDATA[私はシンプルなものが好きだ。服にしても、家具にしても、ごくごくシンプルで無駄な装飾のないものに惹かれる。人間関係においても、考え方においても、できるだけシンプルでありたいと常々思っている。だけど、踊りの練習をしていて、今朝ふと気づいたことがあった。今、私は基礎の見直しの真っ最中だ。長年こびりついてしまった癖—おかしな間の取り方、曖昧な手の動き、不自然な顔のつけ方。そういったものを一つひとつ削ぎ落とし、正しい型の中で制御していく。そんな作業を、毎日コツコツと続けている。口で言うのは簡単だけれど、これは本当に地味で、そして難しい。なぜなら、シンプルにするということは、ただ削ることではないからだ。余計なものを削ぎ落としたその先に、誤魔化しのきかない“本質”だけが残る。そこには逃げ場がない。自分の未熟さも、癖も、すべてがそのまま露わになる。だからこそ、シンプルは美しいけれど、同時にとても厳しい。無駄を省くこと、削ぎ落とすこと。それは、シンプルにするということと確かに通じている。なのに、なぜ私はこんなにも無駄な動きが多いのだろう。なぜ、もっともっと動こうとしてしまうのだろう。それはもしかすると、自分の本質に反したことを、長年続けてきたということなのではないだろうか。シンプルが好き。そのはずの私が、なぜこんなにも音の中で動き続けてしまうのか。ウニョウニョと、絶え間なく。落ち着きがなく、空白もなく、ノイズだらけの踊り。何かを足せば良くなる気がして、埋めれば埋めるほど、遠ざかっていく。気がつけば、自分で自分の踊りがわからなくなっていた。\過度な音楽への感情移入も、また大きなノイズなのだと思う。深く感じようとすればするほど、もっと表現しなければと体が反応してしまう。だがそれは、音楽をなぞっているのではなく、自分の内側を過剰に垂れ流しているだけなのかもしれない。感情移入しすぎると、歌い手のキャパシティを超えてしまう。本来そこにあるはずの余白や呼吸を無視して、自分の感情で埋め尽くしてしまう。それは表現ではなく、ただのノイズだ。もちろん、音楽に対して自分の心がどう感じるかは大切だ。だが、そこに過度な演出や感情が加われば、それもまたノイズになってしまう。これまで私は、感じるままに音楽に感情を乗せようとしてきた。それが表現だと信じていた。だが、その結果として、余計な動きや不必要な間を生み出し、ノイズを増やしていただけだったのではないだろうか。今日、そのことに気づいて、私は一度、曲への感情移入をやめてみることにした。代わりに、音楽そのものを、そして歌い手の声の緩急や流れを、俯瞰的に捉えようと試み始めた。すると、自分がいかに無駄に動き回っていたのかが、はっきりと見えてきた。本来、そこに動きは必要なかった。本来、そこには“間”があった。それを私は、自分の感情で埋め尽くしていたのだ。なぜ私の踊りは、こんなにも取り留めがなく、ぐにょぐにょと、とっ散らかって見えてしまうのか。その理由が、今日、ほんの少しだけわかった気がする。今日からは、自分が好きな「シンプルであること」、無駄を省くこと、整っていることを、踊りの中でも目指していこうと思う。足すのではなく、削ぐこと。埋めるのではなく、残すこと。それこそが、鍵なのかもしれない.2026年４月13日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-05-01T13:54:16+00:00</published><updated>2026-05-01T13:54:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>私はシンプルなものが好きだ。</p><p>服にしても、家具にしても、ごくごくシンプルで</p><p>無駄な装飾のないものに惹かれる。</p><p>人間関係においても、考え方においても、</p><p>できるだけシンプルでありたいと常々思っている。</p><p><br></p><p>だけど、踊りの練習をしていて、</p><p>今朝ふと気づいたことがあった。</p><p><br></p><p>今、私は基礎の見直しの真っ最中だ。</p><p>長年こびりついてしまった癖—</p><p>おかしな間の取り方、曖昧な手の動き、不自然な顔のつけ方。</p><p>そういったものを一つひとつ削ぎ落とし、正しい型の中で制御していく。</p><p>そんな作業を、毎日コツコツと続けている。</p><p><br></p><p>口で言うのは簡単だけれど、</p><p>これは本当に地味で、そして難しい。</p><p><br></p><p>なぜなら、シンプルにするということは、</p><p>ただ削ることではないからだ。</p><p><br></p><p>余計なものを削ぎ落としたその先に、</p><p>誤魔化しのきかない“本質”だけが残る。</p><p>そこには逃げ場がない。</p><p><br></p><p>自分の未熟さも、癖も、</p><p>すべてがそのまま露わになる。</p><p><br></p><p>だからこそ、シンプルは美しいけれど、</p><p>同時にとても厳しい。</p><p>無駄を省くこと、削ぎ落とすこと。</p><p>それは、シンプルにするということと確かに通じている。</p><p>なのに、なぜ私はこんなにも無駄な動きが多いのだろう。</p><p>なぜ、もっともっと動こうとしてしまうのだろう。</p><p>それはもしかすると、</p><p>自分の本質に反したことを、</p><p>長年続けてきたということなのではないだろうか。</p><p><br></p><p>シンプルが好き。</p><p><br></p><p>そのはずの私が、</p><p>なぜこんなにも音の中で動き続けてしまうのか。</p><p>ウニョウニョと、絶え間なく。</p><p>落ち着きがなく、空白もなく、ノイズだらけの踊り。</p><p><br></p><p>何かを足せば良くなる気がして、</p><p>埋めれば埋めるほど、遠ざかっていく。</p><p>気がつけば、自分で自分の踊りがわからなくなっていた。</p><p>\</p><p>過度な音楽への感情移入も、また大きなノイズなのだと思う。</p><p>深く感じようとすればするほど、</p><p>もっと表現しなければと体が反応してしまう。</p><p>だがそれは、音楽をなぞっているのではなく、</p><p>自分の内側を過剰に垂れ流しているだけなのかもしれない。</p><p><br></p><p>感情移入しすぎると、</p><p>歌い手のキャパシティを超えてしまう。</p><p>本来そこにあるはずの余白や呼吸を無視して、</p><p>自分の感情で埋め尽くしてしまう。</p><p>それは表現ではなく、ただのノイズだ。</p><p><br></p><p>もちろん、音楽に対して自分の心がどう感じるかは大切だ。</p><p>だが、そこに過度な演出や感情が加われば、</p><p>それもまたノイズになってしまう。</p><p><br></p><p>これまで私は、感じるままに音楽に感情を乗せようとしてきた。</p><p>それが表現だと信じていた。</p><p><br></p><p>だが、その結果として、</p><p>余計な動きや不必要な間を生み出し、</p><p>ノイズを増やしていただけだったのではないだろうか。</p><p><br></p><p>今日、そのことに気づいて、</p><p>私は一度、曲への感情移入をやめてみることにした。</p><p><br></p><p>代わりに、音楽そのものを、</p><p>そして歌い手の声の緩急や流れを、</p><p>俯瞰的に捉えようと試み始めた。</p><p><br></p><p>すると、自分がいかに無駄に動き回っていたのかが、</p><p>はっきりと見えてきた。</p><p><br></p><p>本来、そこに動きは必要なかった。</p><p>本来、そこには“間”があった。</p><p><br></p><p>それを私は、自分の感情で埋め尽くしていたのだ。</p><p>なぜ私の踊りは、こんなにも取り留めがなく、</p><p>ぐにょぐにょと、とっ散らかって見えてしまうのか。</p><p>その理由が、今日、ほんの少しだけわかった気がする。</p><p><br></p><p>今日からは、</p><p>自分が好きな「シンプルであること」、</p><p>無駄を省くこと、整っていることを、</p><p>踊りの中でも目指していこうと思う。</p><p><br></p><p>足すのではなく、削ぐこと。</p><p>埋めるのではなく、残すこと。</p><p><br></p><p>それこそが、鍵なのかもしれない.</p><p><br></p><p><br></p><p>2026年４月13日　note記事より</p><p><br></p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/9ab07b0a3d1f8fba7339b785f8fe2d48_8269e2b2ffc1b941a8b028e46ecc53b4.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[運転者]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58777774/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/ca4162bafef0cb1ec11df48066a40160_5e032d89b7a620099b4941b1c5efbb14.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58777774</id><summary><![CDATA[喜多川泰 著【運転者 未来を変える過去からの使者】読了。↓wikiより運転者 は、人生のどん底にいる保険営業マンが、不思議なタクシー運転手との出会いを通して「運」と「人生」に向き合う物語。「上機嫌でいること」や「努力は報われる」という、シンプルで本質的なメッセージが描かれている。⸻運を運ぶとは人生の中で、「どうして自分ばかり」と思う瞬間は誰にでもあると思う。もちろん私にも何度もあったし、どちらかと言えばネガティブ寄りな人間だ。この本を読んで、運というものの捉え方が少し変わった。運は、ただの「いい・悪い」ではなく、もっと大きな流れの中にある、一つの仕組みのようなもの。自分の人生を、たった一人の短い時間として見るのではなく、長い流れの中の一部として捉える視点。たかが100年にも満たない一生の中で、自分が生きたことで、誰かの人生にほんの少しでも幸せが増えたのなら。それだけで、十分に意味があったのではないかと思える。⸻無価値だとか、ダメだとか、生きる意味は何かと考え続けるよりも、ただ一つ、行動を起こす。不機嫌を手放して、機嫌良くいる。それだけで、どれだけ周りを明るくできるのか。そんなシンプルなことを、改めて思い出させてくれた一冊だった。⸻読みやすい文章。わかりやすい内容。そして、ふとした瞬間に思い出したくなる言葉たち。世の中に溢れる「開運」や「引き寄せ」の本よりも、ずっと静かで、ずっと現実的で、だからこそ、遥かに有益な一冊だと思う。]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-28T12:27:19+00:00</published><updated>2026-07-22T02:45:17+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>喜多川泰 著【運転者 未来を変える過去からの使者】読了。</p><p><br></p><p>↓wikiより</p><p>運転者 は、人生のどん底にいる保険営業マンが、</p><p>不思議なタクシー運転手との出会いを通して「運」と「人生」に向き合う物語。</p><p>「上機嫌でいること」や「努力は報われる」という、</p><p>シンプルで本質的なメッセージが描かれている。</p><p>⸻</p><p>運を運ぶとは</p><p>人生の中で、「どうして自分ばかり」と思う瞬間は誰にでもあると思う。</p><p>もちろん私にも何度もあったし、どちらかと言えばネガティブ寄りな人間だ。</p><p>この本を読んで、運というものの捉え方が少し変わった。</p><p><br></p><p>運は、ただの「いい・悪い」ではなく、</p><p>もっと大きな流れの中にある、一つの仕組みのようなもの。</p><p>自分の人生を、たった一人の短い時間として見るのではなく、</p><p>長い流れの中の一部として捉える視点。</p><p><br></p><p>たかが100年にも満たない一生の中で、</p><p>自分が生きたことで、誰かの人生にほんの少しでも幸せが増えたのなら。</p><p>それだけで、十分に意味があったのではないかと思える。</p><p>⸻</p><p>無価値だとか、ダメだとか、生きる意味は何かと考え続けるよりも、</p><p>ただ一つ、行動を起こす。</p><p>不機嫌を手放して、機嫌良くいる。</p><p>それだけで、どれだけ周りを明るくできるのか。</p><p>そんなシンプルなことを、改めて思い出させてくれた一冊だった。</p><p>⸻</p><p>読みやすい文章。</p><p>わかりやすい内容。</p><p>そして、ふとした瞬間に思い出したくなる言葉たち。</p><p>世の中に溢れる「開運」や「引き寄せ」の本よりも、</p><p>ずっと静かで、ずっと現実的で、</p><p>だからこそ、遥かに有益な一冊だと思う。</p><p><br></p>
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			<p>エストニアから帰国して、早くも1か月余りが経った。</p><p><br></p><p>コンペ出場とインテンシブ、そして個人レッスンをきっかけに、</p><p>私は自分の基礎の脆さや、長年染みついてしまった癖を</p><p>改めて見直す機会をもらった。</p><p>本当に、基礎は大切だと最近つくづく思う。</p><p><br></p><p>私にとって基礎とは、正しい書き順のようなものだ。</p><p>たとえば漢字を書くとき、その形だけを真似して書けば、</p><p>ぱっと見はそれなりに整って見えるかもしれない。</p><p><br></p><p>けれど、いざ草書で書こうとすると途端に破綻してしまう。</p><p>画順を無視して書かれた文字は、うまくつながることがない。</p><p>ひらがなや漢字を学ぶうえで、画順は単なるルールではなく、</p><p>必然であり、結果でもある。</p><p>それがあるからこそ、文字は自然につながり、流れを持つ。</p><p><br></p><p>私はよく思う。</p><p>基礎とはまさにこの画順のようなもので、</p><p>正しい大きさ、正しい形、正しい順序が揃ってはじめて、</p><p>美しい表現が生まれるのだと。</p><p><br></p><p>私はこれまで、ベリーダンスの基礎を学ぶにあたって、</p><p>さまざまな教室で、さまざまな先生方から学んできた。</p><p><br></p><p>そして基礎というものは、一度身につけたら終わりではなく、</p><p>ある程度の期間が経つたびに見直し、</p><p>アップデートしていく必要があると感じている。</p><p><br></p><p>なぜなら、かつては正しいとされていたものが、</p><p>年月を経て、より効率のよい動き方へと更新されることもあるし、</p><p>その時点では見えなかったエラーが、後になって見つかることもあるからだ。</p><p><br></p><p>また、習い始めた頃の、</p><p>右も左もわからない状態の自分が理解したつもりになっていたことの中には、</p><p>勘違いや思い込みも多い。</p><p><br></p><p>改めて紐解いてみると、</p><p>自分の見方、感じ方、やり方そのものが、</p><p>実はずれていたということも少なくない。</p><p><br></p><p>だからこそ、ダンスを学ぶうえでは、</p><p>初心者であっても中級者であっても、一定の時期が来たら、</p><p>その時点の自分のレベルで基礎を見直す必要があるのだと思う。</p><p><br></p><p>また、ベリーダンスは流派や先生によって、</p><p>多様な個性や基礎の考え方が存在する踊りでもある。</p><p>だからこそ私は、自分が学びたい基礎と、</p><p>踊りたい振付が乖離していると、</p><p>エラーが起きやすく、難しさが増すのではないかと感じている。</p><p><br></p><p>一番シンプルにエラーを減らす方法は、</p><p>自分が学びたい基礎と、踊りたいスタイルを揃えることだ。</p><p><br></p><p>エジプシャンならエジプシャン、</p><p>ターキッシュならターキッシュ、</p><p>ウクライナスタイルならウクライナスタイル。</p><p><br></p><p>そうして土台と表現のロジックを一致させることで、</p><p>無理のない動きが生まれ、結果として怪我のリスクも減らすことができると思う。</p><p><br></p><p>振付は、基礎の集合体だ。</p><p>だからこそ、その流派に合ったロジックで構成されている。</p><p><br></p><p>自分がどの基礎を学び、どのように踊りたいのか。</p><p>それを見極めながら基礎と向き合うことで、</p><p>自分の中にぶれない軸が少しずつ育っていく。</p><p>その軸があることで、基礎はより深く、</p><p>より正確に身体に落ちていくのだと思う。</p><p><br></p><p>また、ここでひとつ感じているのは、</p><p>特に習い始めの頃においては、</p><p>全く異なるロジックの基礎を同時に混ぜない方がいいのではないか、ということだ。</p><p>もちろん、さまざまな先生から学ぶこと自体は、とても素晴らしいことだと思う。</p><p>ただ、その際に学ぶ基礎のルーツは、</p><p>できるだけ同じ系統のものが望ましいのではないかと、私は感じている。</p><p><br></p><p>なぜなら、踊りの性質や求められる動きに大きな違いがある場合、</p><p>それぞれの基礎のロジックが混ざり合い、</p><p>身体の中で矛盾が生まれてしまうことがあるからだ。</p><p><br></p><p>その結果、動きが不安定になったり、</p><p>あるいは自分でも気づかないうちに、</p><p>どちらつかずの曖昧な動きが定着してしまう可能性もある。</p><p><br></p><p>基礎やその学び方については、</p><p>人それぞれに考え方や信念がある。</p><p><br></p><p>だからこれは決して、</p><p>他の在り方を否定するものではなく、</p><p>あくまで私自身の経験からくる一つの考え方だ。</p><p><br></p><p>実際に私も、初心者の頃に教室を変えた際、</p><p>それまで正しいと信じていた基礎が、</p><p>まったく違うアプローチによって覆された経験が何度もある。</p><p><br></p><p>国やスタイルの違い、</p><p>そして先生自身の踊りのバックグラウンドによって、</p><p>基礎の内容は大きく変わるのだと実感した。</p><p><br></p><p>同じ教室内で、同じルーツを持つ先生方から学ぶのであれば、</p><p>大きな問題は起きにくいのかもしれない。</p><p>しかし、ルーツの異なる基礎を持つ先生方から同時に取り入れる場合には、</p><p>その違いを理解した上で、慎重に向き合う必要があるのではないかと思う。</p><p>日本語の文法で英語が話せないのと似ている、と私は感じてしまう。</p><p><br></p><p>たとえば、リバースマイヤーという動きがある。</p><p>骨盤が下から上に、縦の8の字を描くように動く円運動だ。</p><p>無限大の記号を下からなぞるような軌道、と言えばわかりやすいかもしれない。</p><p>習い始めたばかりの頃の私は、</p><p>この動きを真似しようとして、必死に骨盤そのものを動かそうとしていた。</p><p>でも今思えば、それは大きな間違いだった。</p><p><br></p><p>骨盤の動きというのは、</p><p>最終的に見える“結果”であって、“原因”ではない。</p><p><br></p><p>結果だけを見て真似しようとしても、</p><p>その過程が間違っていれば、</p><p>本質的にはまったく別の動きになってしまう。</p><p><br></p><p>まず必要なのは、重心移動だ。</p><p>足の裏のどこに、自分の体重がかかっているのか。</p><p>そこに意識を向けたとき、次に見えてくるのが膝の使い方だ。</p><p>ヒップソケットにしっかりと体重が乗っている最初の段階では、</p><p>体重が乗っている側の膝は伸び、反対側の膝は緩んでいる。</p><p>そこから、体重が乗っている側の骨盤、</p><p>つまりお尻を持ち上げる動きに入ると、体重は一度、両足にシェアされる。</p><p>このとき、もともと体重が乗っていた側の足では、</p><p>ルルベのつま先の関節にしっかりと体重をかけ、床を押し上げる。</p><p>同時に、反対側の足も身体を支えるために働き、そこにも体重が存在している。</p><p>ここで重要なのは、上下に働く「押す力」と「引き上げる力」の関係だ。</p><p>その後、体重は完全に、身体を支えている側の足へと移行する。</p><p>このとき骨盤は、アウトラインの真上に引き上げられた状態から、</p><p>センターへとぐっと寄ってくる。</p><p>そして、ルルベしている足のつま先への体重の移動にも注意が必要になる。</p><p>小指側から床を剥がすように意識していくことで、</p><p>骨盤に自然な角度が生まれ、無理なくセンターへと収まっていく。</p><p>そこから腹筋を、上から順番に締めていく。</p><p>その意識を恥骨の上まで下ろしていくことで、動きは再び最初の状態へと戻る。</p><p>そして今度は、反対側のヒップソケットに体重が乗る。</p><p><br></p><p>こうして分解してみると、</p><p>この動きがどれほど繊細な連動で成り立っているかがわかる。</p><p>体重移動、それを支える膝、そこから生まれる骨盤の傾き、</p><p>そしてそれをコントロールする腹筋。</p><p>さらに、背骨や脇腹、胸…。</p><p>周囲の筋肉や関節の働きも含めて、</p><p>すべてが連動して一つの美しい動きが生まれている。</p><p><br></p><p>だからこそ、この連動を無視して、</p><p>ただ骨盤だけを8の字に動かそうとしても、動きはどこかで破綻してしまうのだ。</p><p><br></p><p>見えている動きは、すべて結果に過ぎない。</p><p><br></p><p>本当に鍛えるべきなのは、</p><p>その動きを生み出している“見えない順序”なのだと思う。</p><p><br></p><p>派手な技や大きな表現に目を奪われがちだけれど、</p><p>踊りを支えているのは、いつも基礎だ。</p><p><br></p><p>そして基礎とは、表現を制限するものではなく、</p><p>むしろ自由にするための土台（表現を伝える為の言語）なのだと思う。</p><p>基礎を意識せず、呼吸をするように自然にそこに乗れた時、</p><p>初めて【踊り】は運動ではなく【表現】の域に達すると思っている。</p><p><br></p><p>今はまだ、</p><p>その一つひとつを解きながらやり直している途中だ。</p><p>けれどこの積み重ねの先に、</p><p>より自然で、より強く、より美しい踊りと表現あると信じている。</p><p><br></p><p>※2026年4月10日　note記事より</p><p><br></p>
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			<p>あの日、毎年恒例の桜の作品撮りをした。</p><p><br></p><p>散り、堕ちた花びらの中で。</p><p>小雨と晴れ間と、冷たい風が交互に通り過ぎる寒い日だった。</p><p><br></p><p>濡れた冷たい地面に横たわりながら、</p><p>この世の最後の景色は、この空なんだなと思った。</p><p><br></p><p>灰色の厚い雲の隙間に、わずかに見える光と蒼い領域。</p><p>それをぼんやりと、虚ろに見ていた。</p><p>頭の中はリセットされたみたいに真っ白で、</p><p>一瞬、自分が誰なのかわからなくなった。</p><p>　</p><p>小学生の頃、放課後に先生の片付けを手伝っていたとき、</p><p>不要になった紙芝居や絵本をいくつかいただいた。</p><p>その中にあったのが、『花びらの旅』という物語だった。</p><p><br></p><p>桜の花から風に吹かれ離れた一枚の花びらが、</p><p>さまざまな出会いと旅を重ね、</p><p>やがて傷つき、ぼろぼろになり、静かにそっと目を閉じる。</p><p>子ども心に、命の終わりとは何かを考えさせられ、</p><p>読むたびに涙が止まらなかったのを覚えている。</p><p>　</p><p>あの日、桜の中で撮影をしながら、</p><p>私は“花”ではなく、散り堕ちていく花びらに感情移入していた。</p><p>　</p><p>今年の桜は、もう散り始めている。</p><p>気づけば季節は少しだけ先に進んでいて、</p><p>私はそのあとを静かに辿っている。</p><p>　</p><p>散り堕ちた花びらは、終わりではなく、</p><p>またどこかへと還っていく。</p><p>命は、かたちを変えながら、静かに巡っていく。</p><p>　</p><p>だからこそ、今しか見えないものがある気がしている。</p><p>　</p><p>そんなことを思いながら、</p><p>私はまた、桜の中に自分を重ねている。</p><p>あの日の撮影の時よりも年齢を重ねた私は</p><p>人生の中で様々な世界を見、出会いや別れを重ね、ぼろぼろになった花びらに、また少し近づいた気がする。</p><p>　</p><p>※『花びらの旅』（浜田広介1893年～1973年）</p><p>桜の花びらが枝を離れ、風に舞い、やがて海へとたどり着くまでを描いた童話。</p><p>散りゆく命と、その先へと続く流れを、やさしく静かに教えてくれた物語。</p><p><br></p><p>※2026年4月8日　note記事より</p><p><br></p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/0f771a77e4885b75f4e4c2029041b2f8_44a40f9b9b68803e1cbf5409fb5effd8.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[入江相政日記 第一巻（昭和10年1月〜20年8月）]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58766010/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/e2747e95c6c1f3009f3d78b07c79099e_86a3044a96742160fabf6c476bb1d51f.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58766010</id><summary><![CDATA[入江相政日記第1巻を、3ヶ月半掛かって読み終えた。これは昭和10年から昭和20年、終戦直後まで。昭和天皇の侍従として仕えた入江相政が、宮中での出来事や家族との日常、その時々の空気を、淡々と書き留めた日記である。内容自体はとても簡潔で、日々のお勤めや出来事が、かいつまんで記されている。最初は、そのあまりの淡々とした書きっぷりに、どこか距離を感じるような印象すらあった。けれど読み進めていくうちに、その空気は少しずつ変わっていく。昭和初期。まだ日本が勢いを持ち、景気もよく、「強い国」という印象が漂っている。しかし昭和15年以降から、文章の端々に、わずかな歪みや違和感のようなものが滲み始める。それは決してはっきりと書かれているわけではない。むしろ、相変わらず淡々としている。それなのに、読んでいる側には伝わってくる。じわじわと、何かに締め付けられていくような感覚。翳り。まるで真綿で首をじわじわと絞められるように、少しずつ、だけど確実に自由が奪われていくような…。国全体が、気づかないうちに、がんじがらめになって窒息していく。そんな閉塞感が、静かに、しかし確実に国全体を蝕んでいく。⸻また、空襲に関する記述も印象に残っている。敵機が襲来し、空襲警報が鳴る。当初はその警報に従い、退避するという行動がとられていた。けれど、戦況が進み、それが繰り返されるうちに、その非常事態は次第に「日常」の中に組み込まれていく。入江相政は、空襲警報や爆撃に対して、「煩わしい」「癪に障る」といった表現を度々用いている。過度のストレスと疲労の中で、警報に起こされても退避せず、そのまま眠り続ける。そんな記述も度々あった。命の危険が迫っているはずの状況下で、それでもなお、日常を保とうとする姿。それは、非常事態が日常に落とし込まれ、もはや「非常」でなくなってしまった、どこか異様な感覚でもあり、同時に、当時を生きた人々の、肝の据わり方や覚悟の違いのようなものも感じさせた。そのどちらとも言い切れない感覚に、私は少し戸惑いながら、読み進めていた。⸻ただ、この日記を読んでいて、もう一つ強く感じたことがある。それは、この記録が「国の中心」にいる人間の視点で書かれているということだ。入江相政は、旧華族の家柄に生まれ、天皇の最も近くで仕える侍従として生活している。当然ながら、その暮らしは当時の一般庶民とは大きく異なる。戦況が徐々に悪化していく中でも、白いご飯を口にできる日が多くあり、本を読み、温泉に入り、時には職員仲間と酒を飲み、戦況について語り合ったり、趣味の謡の稽古をしたり、陛下のお供として乗馬や水泳をする時間もある。もちろん空襲や疎開の影響を受け、決して安穏な日々ばかりではない。子供達や妻と離れ離れになったり、父が建てた思い出の家が空襲で焼けてしまったり、戦時下の苦悩というものはもちろんあった。それでも、雑草を食べて命を繋ぐような生活や、極限の労働や貧困に苦しむ庶民の現実とは、明確に隔たりがある。だからこそ、私は少し戸惑った。同じ「戦争」という時代を生きながら、今まで思ってもみなかった、まったく異なる現実が同時に存在しているということに。⸻ー私自身、祖父が陸軍として満州や南方戦線に従軍したと聞いている。幼い頃に見た遺影の祖父は、若く、軍服を着て勲章を付けて、凛々しい姿をしていた。祖父とは会ったことがない。母が中学生の頃に亡くなっているため、直接話を聞くこともなかった。ただ、南方でマラリアにかかり、帰還した後も体調不良が長引き、それがもとで心臓を悪くし、早くに亡くなったと聞いている。その話を思い出しながら読んでいると、どうしてもこの日記との距離を感じずにはいられなかった。⸻そしてもう一つ、強く引っかかったことがある。この日記の中に、「一人一人の国民の命」に触れた記述が、ほとんど見当たらなかったことだ。帝都が爆撃され、地方都市も焼かれていく。日本各地が焼け野原になっていく様子は確かに記されている。けれどそこには、その中で失われていく一人一人の命や、その背後にある家族、悲しみや喪失といったものは、ほとんど語られていない。あくまで、国としての動き、戦況としての記録。ー勝つか、負けるか。その中に、確かに無数の命が含まれているはずなのに、その「個」の輪郭は見えてこない。⸻そして印象的だったのは、終戦の日を迎えた後の記述だった。8月15日、玉音放送によって戦争は一つの区切りを迎える。けれどこの日記の中では、その後も変わらず時間が流れていく。宮中の行事は続き、日々の務めが淡々と記されている。空には相変わらずアメリカの偵察機が飛び交っている。「終わった」というよりも、ただ状況が移り変わっただけのような印象だった。⸻一方で、その頃、国民の多くは焼け野原の中で、復興のために泥にまみれて働いていたはずだ。住む場所もなく、食べるものも乏しく、ただ生き延びることに必死だった人たちがいた。亡くなった弟を背負った少年が、涙を堪えて立ち尽くしている姿の写真を思い出す。二都市では原子爆弾が投下され、約21万人の人が亡くなった悲惨な現実がそこにはあった筈だ。それを思うと、この日記の中に流れている時間は、どこか遠い、別の場所のもののようにも感じられる。もちろん、この記録の中にいる人々も、無傷だったわけではない。入江相政自身も自宅を焼かれ、生活の拠点を失っている。それでもなお、寝る場所があり、食事があり、風呂に入れる環境がある。その違いを、どう受け止めればいいのか。単純に比較することはできないと分かっていながらも、祖父のこと、そして当時の祖母のことを思うと、どこかで割り切れない感情が残る。⸻そして同時に、戦後81年目となる2026年の現在を思う。世界のどこかでは、今もなお戦乱が続いている。ウクライナ、パレスチナ、イラン——そこに生きる人々もまた、日常と非日常の境界が曖昧になった時間の中で、日々を過ごしているのかもしれない。空襲や恐怖が繰り返されるうちに、それが当たり前のものとして、生活の中に組み込まれていく。死が隣り合わせの、戦争の狂気。この日記の中にあった「異常な日常」は、決して過去のものではないのかもしれないと、何とも言えない気持ちになる。⸻この日記は、多くを語らない。だからこそ、読み手が感じ取るしかない部分が多い。そこに書かれているものと、書かれていないもの。その両方の間に、私はずっと引っかかりを感じていた。けれど、それもまた、この日記の持つ一つの在り方なのかもしれない。語らないということ。削ぎ落とすということ。その中に残るものの強さを、今の自分は、少しだけ理解できる気がしている。入江相政日記は全六巻。また折を見て、二巻へと進みたいと思う。]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-23T15:28:46+00:00</published><updated>2026-07-22T02:45:46+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>入江相政日記第1巻を、3ヶ月半掛かって読み終えた。</p><p>これは昭和10年から昭和20年、終戦直後まで。</p><p>昭和天皇の侍従として仕えた入江相政が、宮中での出来事や家族との日常、</p><p>その時々の空気を、淡々と書き留めた日記である。</p><p><br></p><p>内容自体はとても簡潔で、日々のお勤めや出来事が、</p><p>かいつまんで記されている。</p><p><br></p><p>最初は、そのあまりの淡々とした書きっぷりに、</p><p>どこか距離を感じるような印象すらあった。</p><p>けれど読み進めていくうちに、その空気は少しずつ変わっていく。</p><p><br></p><p>昭和初期。</p><p>まだ日本が勢いを持ち、景気もよく、</p><p>「強い国」という印象が漂っている。</p><p>しかし昭和15年以降から、文章の端々に、</p><p>わずかな歪みや違和感のようなものが滲み始める。</p><p><br></p><p>それは決してはっきりと書かれているわけではない。</p><p>むしろ、相変わらず淡々としている。</p><p>それなのに、読んでいる側には伝わってくる。</p><p>じわじわと、何かに締め付けられていくような感覚。翳り。</p><p>まるで真綿で首をじわじわと絞められるように、</p><p>少しずつ、だけど確実に自由が奪われていくような…。</p><p>国全体が、気づかないうちに、がんじがらめになって窒息していく。</p><p>そんな閉塞感が、静かに、しかし確実に国全体を蝕んでいく。</p><p>⸻</p><p>また、空襲に関する記述も印象に残っている。</p><p>敵機が襲来し、空襲警報が鳴る。</p><p><br></p><p>当初はその警報に従い、退避するという行動がとられていた。</p><p>けれど、戦況が進み、それが繰り返されるうちに、</p><p>その非常事態は次第に「日常」の中に組み込まれていく。</p><p><br></p><p>入江相政は、空襲警報や爆撃に対して、</p><p>「煩わしい」「癪に障る」といった表現を度々用いている。</p><p>過度のストレスと疲労の中で、</p><p>警報に起こされても退避せず、そのまま眠り続ける。</p><p>そんな記述も度々あった。</p><p><br></p><p>命の危険が迫っているはずの状況下で、それでもなお、日常を保とうとする姿。</p><p>それは、非常事態が日常に落とし込まれ、</p><p>もはや「非常」でなくなってしまった、どこか異様な感覚でもあり、</p><p>同時に、当時を生きた人々の、</p><p>肝の据わり方や覚悟の違いのようなものも感じさせた。</p><p>そのどちらとも言い切れない感覚に、</p><p>私は少し戸惑いながら、読み進めていた。</p><p>⸻</p><p>ただ、この日記を読んでいて、もう一つ強く感じたことがある。</p><p>それは、この記録が「国の中心」にいる人間の視点で書かれているということだ。</p><p>入江相政は、旧華族の家柄に生まれ、</p><p>天皇の最も近くで仕える侍従として生活している。</p><p>当然ながら、その暮らしは当時の一般庶民とは大きく異なる。</p><p><br></p><p>戦況が徐々に悪化していく中でも、</p><p>白いご飯を口にできる日が多くあり、本を読み、温泉に入り、</p><p>時には職員仲間と酒を飲み、戦況について語り合ったり、</p><p>趣味の謡の稽古をしたり、</p><p>陛下のお供として乗馬や水泳をする時間もある。</p><p><br></p><p>もちろん空襲や疎開の影響を受け、決して安穏な日々ばかりではない。</p><p>子供達や妻と離れ離れになったり、</p><p>父が建てた思い出の家が空襲で焼けてしまったり、</p><p>戦時下の苦悩というものはもちろんあった。</p><p><br></p><p>それでも、雑草を食べて命を繋ぐような生活や、</p><p>極限の労働や貧困に苦しむ庶民の現実とは、明確に隔たりがある。</p><p><br></p><p>だからこそ、私は少し戸惑った。</p><p><br></p><p>同じ「戦争」という時代を生きながら、</p><p>今まで思ってもみなかった、</p><p>まったく異なる現実が同時に存在しているということに。</p><p>⸻</p><p>ー私自身、祖父が陸軍として満州や南方戦線に従軍したと聞いている。</p><p>幼い頃に見た遺影の祖父は、若く、軍服を着て勲章を付けて、凛々しい姿をしていた。</p><p><br></p><p>祖父とは会ったことがない。</p><p>母が中学生の頃に亡くなっているため、直接話を聞くこともなかった。</p><p>ただ、南方でマラリアにかかり、帰還した後も体調不良が長引き、</p><p>それがもとで心臓を悪くし、早くに亡くなったと聞いている。</p><p>その話を思い出しながら読んでいると、</p><p>どうしてもこの日記との距離を感じずにはいられなかった。</p><p>⸻</p><p>そしてもう一つ、強く引っかかったことがある。</p><p>この日記の中に、「一人一人の国民の命」に触れた記述が、</p><p>ほとんど見当たらなかったことだ。</p><p>帝都が爆撃され、地方都市も焼かれていく。</p><p>日本各地が焼け野原になっていく様子は確かに記されている。</p><p>けれどそこには、その中で失われていく一人一人の命や、</p><p>その背後にある家族、悲しみや喪失といったものは、ほとんど語られていない。</p><p>あくまで、国としての動き、戦況としての記録。</p><p>ー勝つか、負けるか。</p><p>その中に、確かに無数の命が含まれているはずなのに、その「個」の輪郭は見えてこない。</p><p>⸻</p><p>そして印象的だったのは、終戦の日を迎えた後の記述だった。</p><p>8月15日、玉音放送によって戦争は一つの区切りを迎える。</p><p>けれどこの日記の中では、その後も変わらず時間が流れていく。</p><p>宮中の行事は続き、日々の務めが淡々と記されている。</p><p>空には相変わらずアメリカの偵察機が飛び交っている。</p><p>「終わった」というよりも、ただ状況が移り変わっただけのような印象だった。</p><p>⸻</p><p>一方で、その頃、国民の多くは焼け野原の中で、</p><p>復興のために泥にまみれて働いていたはずだ。</p><p><br></p><p>住む場所もなく、食べるものも乏しく、ただ生き延びることに必死だった人たちがいた。</p><p>亡くなった弟を背負った少年が、涙を堪えて立ち尽くしている姿の写真を思い出す。</p><p><br></p><p>二都市では原子爆弾が投下され、</p><p>約21万人の人が亡くなった悲惨な現実がそこにはあった筈だ。</p><p><br></p><p>それを思うと、この日記の中に流れている時間は、</p><p>どこか遠い、別の場所のもののようにも感じられる。</p><p><br></p><p>もちろん、この記録の中にいる人々も、無傷だったわけではない。</p><p>入江相政自身も自宅を焼かれ、生活の拠点を失っている。</p><p>それでもなお、寝る場所があり、食事があり、風呂に入れる環境がある。</p><p>その違いを、どう受け止めればいいのか。</p><p>単純に比較することはできないと分かっていながらも、</p><p>祖父のこと、そして当時の祖母のことを思うと、</p><p>どこかで割り切れない感情が残る。</p><p>⸻</p><p>そして同時に、戦後81年目となる2026年の現在を思う。</p><p>世界のどこかでは、今もなお戦乱が続いている。</p><p>ウクライナ、パレスチナ、イラン——</p><p>そこに生きる人々もまた、</p><p>日常と非日常の境界が曖昧になった時間の中で、</p><p>日々を過ごしているのかもしれない。</p><p>空襲や恐怖が繰り返されるうちに、</p><p>それが当たり前のものとして、生活の中に組み込まれていく。</p><p>死が隣り合わせの、戦争の狂気。</p><p><br></p><p>この日記の中にあった「異常な日常」は、</p><p>決して過去のものではないのかもしれないと、</p><p>何とも言えない気持ちになる。</p><p>⸻</p><p>この日記は、多くを語らない。</p><p>だからこそ、読み手が感じ取るしかない部分が多い。</p><p>そこに書かれているものと、書かれていないもの。</p><p>その両方の間に、私はずっと引っかかりを感じていた。</p><p>けれど、それもまた、この日記の持つ一つの在り方なのかもしれない。</p><p><br></p><p>語らないということ。</p><p>削ぎ落とすということ。</p><p><br></p><p>その中に残るものの強さを、</p><p>今の自分は、少しだけ理解できる気がしている。</p><p><br></p><p>入江相政日記は全六巻。</p><p>また折を見て、二巻へと進みたいと思う。</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[3月回顧（марта 2026）]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58764209/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/ffe1f8a65961697fc9faee51b2ced154_ac3797dba0683cd7f115d607e7837660.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58764209</id><summary><![CDATA[3月。この1ヶ月を思い返すと、どこかぼんやりと霞がかかったような、はっきりしない時間だった。色で例えるなら、光の当たらないグレー。冷たくもなく、暗すぎるわけでもないけれど、どこか鈍く沈んだ陰鬱な色。何か大きな不幸があったわけではない。我慢ができない程特別に嫌な出来事が起きたわけでもない。それなのに、人間関係や、自分の周りの細々とした出来事、体調、気分―そういったものが少しずつ絡まり合って、静かに混沌としていた。そして何より、光が差し込む瞬間を、あまり感じることができなかった。天気も安定せず、寒かったり暑かったり、寒暖差の激しい日が続いた。春先のあの肌寒さが苦手な私にとっては、身体的にもかなり堪える季節だ。気温や気圧の変化は、頭痛を引き起こし、身体の芯を冷やし、メンタルにも影響してくる。そういう状態だからこそ、本来なら気にも留めないような些細なことが、やけに重たく感じたり、不快に思えたりする。まるで、肌の感覚だけが嫌な方向に研ぎ澄まされてしまったような―そんな日々だった。また、春は別れの季節でもある。それ自体は自然なことで、避けられないものだと分かっていても、やはり寂しさや喪失感を覚える瞬間は多かった。体力的にも削られ、精神的にも消耗していく中で、それでもなんとか上に向かおうと、もがいている自分がいたように思う。去年の3月に比べて、今年は桜の開花も遅く、寒暖差も激しく、天気の悪い日も多かったように思う。殆ど毎日、気圧による頭痛に悩まされ、薬が手放せなかった。去年の3月の終わり頃は、天気も良く、あちこちに桜を見に出かけていた。桜やミモザ、春の花々に触れることで心が癒され、訪れた春に、心の奥底からふんわりとほどけていくような、柔らかい喜びを感じていた。けれど今年は、エストニアから帰国してからというもの、どこかこの日本の春の肌寒さに、じわじわと蝕まれているような感覚があった。自分の仕事や、踊りの方向性を見直す時期でもあった。仕事の仕方や考え方、人との接し方―。さまざまなことについて考え込み、立ち止まる時間が多かった。本来であれば、それは必要なアップデートの時間でもある。けれど、身体やメンタルが弱っているときにそれを行うのは、思っている以上に負担が大きい。だからだろうか。3月は、私にとってとてもしんどい1ヶ月だった。4月に入れば、少しは流れが変わるかもしれない。そう思っていたけれど、雨、肌寒さ、気圧、頭痛。そして細々とした面倒な出来事が重なり、気持ちはまだ、上向きになりきれずにいる。今朝も、雨だった。霧のように細かい雨が道路を濡らし、朝練に向かう道は、どこか憂鬱な色をしていた。気がつけば、桜は八分咲きから満開へと移り変わっていた。それでも私は、まだそれを見に行けていない。すっきりとしない天気と、どこか晴れきらない自分の気持ち。寝起きからの頭痛。そして、どうしても浮かんでしまう、去年との違い。今年は、どうしてこんなにも違うのだろう。そんな思いが重なって、私はまだ、春の訪れを心から喜ぶことができずにいる。だけど、いつまでもこんな鬱々とした気持ちでいるわけにはいかない。このあたりで、なんとか停滞から抜け出して、心から春の訪れや、花々の共演を、素直に嬉しいと思えるような、そんな感覚を取り戻したい。4月29日には、毎年恒例のイベントステージへの出演も控えている。そこに照準を合わせて、踊りの面でも、土台の組み換えを進めていかなければならない。思えば、3月は、落ちるところまで落ちた1ヶ月だったのかもしれない。だとしたら―もう、あとは上がるだけだ。このあたりでしっかりと切り替えて、少しずつでも、浮上していけたらいいと思う。まだ心は完全には晴れていないけれど、踊っている瞬間だけは、確かに何かがほどけていく。今朝の練習で、以前とは違う小さな何かを拾うことができた。その小さな変化を頼りに、明日はもう少しだけ、前に進んでみようと思う。※2026年4月2日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-23T02:30:22+00:00</published><updated>2026-04-23T02:30:22+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>3月。</p><p>この1ヶ月を思い返すと、</p><p>どこかぼんやりと霞がかかったような、はっきりしない時間だった。</p><p><br></p><p>色で例えるなら、光の当たらないグレー。</p><p>冷たくもなく、暗すぎるわけでもないけれど、</p><p>どこか鈍く沈んだ陰鬱な色。</p><p><br></p><p>何か大きな不幸があったわけではない。</p><p>我慢ができない程特別に嫌な出来事が起きたわけでもない。</p><p>それなのに、</p><p>人間関係や、自分の周りの細々とした出来事、</p><p>体調、気分―</p><p>そういったものが少しずつ絡まり合って、静かに混沌としていた。</p><p><br></p><p>そして何より、</p><p>光が差し込む瞬間を、あまり感じることができなかった。</p><p>天気も安定せず、寒かったり暑かったり、寒暖差の激しい日が続いた。</p><p>春先のあの肌寒さが苦手な私にとっては、</p><p>身体的にもかなり堪える季節だ。</p><p>気温や気圧の変化は、頭痛を引き起こし、</p><p>身体の芯を冷やし、メンタルにも影響してくる。</p><p><br></p><p>そういう状態だからこそ、</p><p>本来なら気にも留めないような些細なことが、</p><p>やけに重たく感じたり、不快に思えたりする。</p><p>まるで、肌の感覚だけが嫌な方向に研ぎ澄まされてしまったような―</p><p>そんな日々だった。</p><p><br></p><p>また、春は別れの季節でもある。</p><p>それ自体は自然なことで、避けられないものだと分かっていても、</p><p>やはり寂しさや喪失感を覚える瞬間は多かった。</p><p>体力的にも削られ、精神的にも消耗していく中で、</p><p>それでもなんとか上に向かおうと、もがいている自分がいたように思う。</p><p><br></p><p>去年の3月に比べて、今年は桜の開花も遅く、</p><p>寒暖差も激しく、天気の悪い日も多かったように思う。</p><p>殆ど毎日、気圧による頭痛に悩まされ、薬が手放せなかった。</p><p><br></p><p>去年の3月の終わり頃は、天気も良く、あちこちに桜を見に出かけていた。</p><p>桜やミモザ、春の花々に触れることで心が癒され、</p><p>訪れた春に、心の奥底からふんわりとほどけていくような、</p><p>柔らかい喜びを感じていた。</p><p><br></p><p>けれど今年は、</p><p>エストニアから帰国してからというもの、</p><p>どこかこの日本の春の肌寒さに、</p><p>じわじわと蝕まれているような感覚があった。</p><p><br></p><p>自分の仕事や、踊りの方向性を見直す時期でもあった。</p><p>仕事の仕方や考え方、人との接し方―。</p><p>さまざまなことについて考え込み、立ち止まる時間が多かった。</p><p><br></p><p>本来であれば、それは必要なアップデートの時間でもある。</p><p>けれど、身体やメンタルが弱っているときにそれを行うのは、</p><p>思っている以上に負担が大きい。</p><p><br></p><p>だからだろうか。</p><p><br></p><p>3月は、私にとってとてもしんどい1ヶ月だった。</p><p>4月に入れば、少しは流れが変わるかもしれない。</p><p>そう思っていたけれど、</p><p>雨、肌寒さ、気圧、頭痛。</p><p>そして細々とした面倒な出来事が重なり、</p><p>気持ちはまだ、上向きになりきれずにいる。</p><p><br></p><p>今朝も、雨だった。</p><p>霧のように細かい雨が道路を濡らし、</p><p>朝練に向かう道は、どこか憂鬱な色をしていた。</p><p><br></p><p>気がつけば、桜は八分咲きから満開へと移り変わっていた。</p><p>それでも私は、まだそれを見に行けていない。</p><p><br></p><p>すっきりとしない天気と、</p><p>どこか晴れきらない自分の気持ち。寝起きからの頭痛。</p><p>そして、どうしても浮かんでしまう、去年との違い。</p><p><br></p><p>今年は、どうしてこんなにも違うのだろう。</p><p>そんな思いが重なって、</p><p>私はまだ、春の訪れを心から喜ぶことができずにいる。</p><p><br></p><p>だけど、いつまでもこんな鬱々とした気持ちでいるわけにはいかない。</p><p>このあたりで、なんとか停滞から抜け出して、</p><p>心から春の訪れや、花々の共演を、素直に嬉しいと思えるような、</p><p>そんな感覚を取り戻したい。</p><p><br></p><p>4月29日には、毎年恒例のイベントステージへの出演も控えている。</p><p>そこに照準を合わせて、踊りの面でも、</p><p>土台の組み換えを進めていかなければならない。</p><p><br></p><p>思えば、3月は、</p><p>落ちるところまで落ちた1ヶ月だったのかもしれない。</p><p>だとしたら―</p><p>もう、あとは上がるだけだ。</p><p><br></p><p>このあたりでしっかりと切り替えて、</p><p>少しずつでも、浮上していけたらいいと思う。</p><p><br></p><p>まだ心は完全には晴れていないけれど、</p><p>踊っている瞬間だけは、確かに何かがほどけていく。</p><p>今朝の練習で、以前とは違う小さな何かを拾うことができた。</p><p><br></p><p>その小さな変化を頼りに、</p><p>明日はもう少しだけ、前に進んでみようと思う。</p><p><br></p><p>※2026年4月2日　note記事より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[4月1日。]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58759022/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/3bd08f81d945c5704600e53806dacb23_cda517306fa6c4daf488d91c6d84e543.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58759022</id><summary><![CDATA[朝、目覚める。前日のストレスを引きずり、目覚めた瞬間から気分は沈んでいる。心がざわざわと波立っている。自己嫌悪や後悔が、頭の中をぐるぐると巡る。自分でいることに嫌気がさす感覚に包まれて、ただひたすら気分が悪い。朝練に向かう。天気も悪い。湿気がまとわりつく。肌寒さも嫌いだ。朝の渋滞、クラクション、サイレン。すべてが煩わしく、心をささくれ立たせる。Wi-Fiが繋がらない。エアコンの温度が合わない。身体が思うように動かない。シューズが脱げそうになる。そんな、どうでもいいはずのことが、神経を逆撫でし続ける。踊っていても、集中は続かない。些細なことに意識が引っ張られ続ける。動画を確認する。自分の踊りの稚拙さ、脆弱さにウンザリする。そしてまた、イライラする。それでも、踊る。この繰り返しだ。ー踊ることをやめない。私にできる、唯一のこと。上手いか下手かではなく、出来る出来ないではなく、唯一「続けること」だけは手放したくない。どんなに気分が悪くても、どんなにできなくても、私は踊る。道が凍って危うい朝も、台風の日も、体調が悪い日も、踊ることをやめなかった。かんしゃくを起こしながら、投げやりになりながら、ため息をつきながら、失望しながら、1人で踊り続ける。ーそんな中で、ふと心が緩む瞬間がある。このドラマのヒロイン（今踊っている曲の）は、自分自身を嘲笑している。どうしようもない自分を、蔑み、時には慰め、そしてどこかで哀れんでいる。どうにもならない想いを抱えて、右往左往しながら、それでも想い続けることをやめない。それが、今の自分に少し似ている気がした。ほんの一瞬だけ、心が静かになる。スタジオの時間が終わる頃、ようやく少しだけ、この嫌な感覚から抜け出せた。もっと踊りたい、と思う。あと少し、あと何回か踊れば、何か掴めそうなのに。そんな感覚を残したまま、スタジオを出る。そしてまた明日、私はスタジオでこの答え合わせをする。外はまだ小雨が降っている。湿気がまとわりつく、肌寒い空気。桜が、満開を迎えようとしている。去年は桜を追って、いろいろな場所へ行った。今年は、まだ見に行けていない。今年はこのまま、桜をきちんと見ることなく、春が終わってしまうのだろう。※2026年4月1日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-21T04:18:37+00:00</published><updated>2026-04-21T04:19:17+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>朝、目覚める。</p><p>前日のストレスを引きずり、</p><p>目覚めた瞬間から気分は沈んでいる。</p><p>心がざわざわと波立っている。</p><p><br></p><p>自己嫌悪や後悔が、頭の中をぐるぐると巡る。</p><p>自分でいることに嫌気がさす感覚に包まれて、</p><p>ただひたすら気分が悪い。</p><p><br></p><p>朝練に向かう。</p><p><br></p><p>天気も悪い。湿気がまとわりつく。</p><p>肌寒さも嫌いだ。</p><p>朝の渋滞、クラクション、サイレン。</p><p>すべてが煩わしく、心をささくれ立たせる。</p><p><br></p><p>Wi-Fiが繋がらない。</p><p>エアコンの温度が合わない。</p><p>身体が思うように動かない。</p><p>シューズが脱げそうになる。</p><p><br></p><p>そんな、どうでもいいはずのことが、</p><p>神経を逆撫でし続ける。</p><p><br></p><p>踊っていても、集中は続かない。</p><p>些細なことに意識が引っ張られ続ける。</p><p><br></p><p>動画を確認する。</p><p>自分の踊りの稚拙さ、</p><p>脆弱さにウンザリする。</p><p>そしてまた、イライラする。</p><p>それでも、踊る。この繰り返しだ。</p><p><br></p><p>ー踊ることをやめない。</p><p><br></p><p>私にできる、唯一のこと。</p><p>上手いか下手かではなく、出来る出来ないではなく、</p><p>唯一「続けること」だけは手放したくない。</p><p><br></p><p>どんなに気分が悪くても、どんなにできなくても、私は踊る。</p><p><br></p><p>道が凍って危うい朝も、</p><p>台風の日も、</p><p>体調が悪い日も、</p><p>踊ることをやめなかった。</p><p><br></p><p>かんしゃくを起こしながら、投げやりになりながら、</p><p>ため息をつきながら、失望しながら、1人で踊り続ける。</p><p><br></p><p>ーそんな中で、ふと心が緩む瞬間がある。</p><p>このドラマのヒロイン（今踊っている曲の）は、</p><p>自分自身を嘲笑している。</p><p><br></p><p>どうしようもない自分を、</p><p>蔑み、時には慰め、</p><p>そしてどこかで哀れんでいる。</p><p>どうにもならない想いを抱えて、</p><p>右往左往しながら、それでも想い続けることをやめない。</p><p><br></p><p>それが、今の自分に少し似ている気がした。</p><p><br></p><p>ほんの一瞬だけ、心が静かになる。</p><p><br></p><p>スタジオの時間が終わる頃、</p><p>ようやく少しだけ、この嫌な感覚から抜け出せた。</p><p><br></p><p>もっと踊りたい、と思う。</p><p>あと少し、あと何回か踊れば、何か掴めそうなのに。</p><p>そんな感覚を残したまま、スタジオを出る。</p><p><br></p><p>そしてまた明日、私はスタジオでこの答え合わせをする。</p><p><br></p><p>外はまだ小雨が降っている。</p><p>湿気がまとわりつく、肌寒い空気。</p><p><br></p><p>桜が、満開を迎えようとしている。</p><p>去年は桜を追って、いろいろな場所へ行った。</p><p>今年は、まだ見に行けていない。</p><p><br></p><p>今年はこのまま、桜をきちんと見ることなく、</p><p>春が終わってしまうのだろう。</p><p><br></p><p>※2026年4月1日　note記事より</p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/3bd08f81d945c5704600e53806dacb23_cda517306fa6c4daf488d91c6d84e543.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ノイズを減らす]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58756276/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/49b92cc41a240c991adc1214eee4e656_fca3b31028d2b9fb98a7e47bf1532dc7.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58756276</id><summary><![CDATA[そうしようとしてそうなるのではなく、様々な作用が結果としてそれをもたらす。短絡的な着眼点では見抜けない本質。エネルギーの流れを見る。ノイズを減らす。本質を、見抜く。正しい仕組みを。理を取り込む。表面を飾るのではなく、大地に根を張り、内側から溢れるようにエネルギーを広げて咲く花のように。最近、意識して取り組んでいる事。書家で画家の、篠田桃紅さんの言葉『自分はゲテモノですが　まがいものではないつもり』憧れの芸術家、桃紅さんの言葉をいつも胸に。わたしも、そうなりたい。そうありたい。自分史上、まがいものではない領域に。いつか。※お写真は【篠田桃紅展】にて撮影した、桃紅さんの書『風』を使わせていただきました2026年3月30日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-20T05:06:19+00:00</published><updated>2026-04-20T05:07:24+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>そうしようとしてそうなるのではなく、</p><p>様々な作用が結果としてそれをもたらす。</p><p><br></p><p>短絡的な着眼点では見抜けない本質。</p><p>エネルギーの流れを見る。</p><p><br></p><p>ノイズを減らす。</p><p>本質を、見抜く。</p><p>正しい仕組みを。理を取り込む。</p><p><br></p><p>表面を飾るのではなく、大地に根を張り、</p><p>内側から溢れるようにエネルギーを広げて咲く花のように。</p><p><br></p><p>最近、意識して取り組んでいる事。</p><p><br></p><p>書家で画家の、篠田桃紅さんの言葉</p><p>『自分はゲテモノですが　まがいものではないつもり』</p><p><br></p><p>憧れの芸術家、桃紅さんの言葉をいつも胸に。</p><p>わたしも、そうなりたい。そうありたい。</p><p><br></p><p>自分史上、まがいものではない領域に。</p><p>いつか。</p><p><br></p><p>※お写真は【篠田桃紅展】にて撮影した、桃紅さんの書『風』を使わせていただきました</p><p>2026年3月30日　note記事より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ADS Song and Dance Concert]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58754330/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/2d482d1fe5f03bb795229ad2c8f96ee5_77511dee1176c168c7bffe0538ef5621.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58754330</id><summary><![CDATA[ADS Song and Dance Concert　2026年3月15日　於ふくふくプラザホール]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-19T09:58:55+00:00</published><updated>2026-04-19T09:58:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>ADS Song and Dance Concert　</p><p>2026年3月15日　於ふくふくプラザホール</p><p><br></p>
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		</div>
		

		<div>
			<p>ベリーダンス出演者の皆さまとご一緒に。</p><p>この日は Diva Darina振付の"Dablou Ayounou" を踊らせていただきました。</p><p>次回ADS Song and Dance Concertは2026年11月1日、</p><p>博多市民センターホールにて開催予定です。</p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[シリーズ化された夢③]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58754313/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/10ee00ec53558730eb1ad67903fd5a05_398d8409807c367b7a123b0a4c700524.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58754313</id><summary><![CDATA[今朝の夢も、シリーズものだった。今回は【飛ぶ】シリーズのニューバージョン。ー夢の中で、私は数人の友人たちと一緒にいた。（この前の部分は失念してしまった）けれど今思い返すと、その人たちは現実の知り合いではなく、夢の中でだけ「友人」として存在していた人たちだった。場所は、道端なのか建物の中なのか曖昧な空間。私たちは談笑していて、その目の前には、凝った造りの、素敵な古民家があった。その古民家の敷地の一角の、小さな物置のような建物の中からは、そこに住んでいるらしいおじいさんが何か作業をしている音が聞こえてくる。柵越しに、人影がゆらりと動くのが見えた。しばらくすると、友人らしき女性が二人、ふいに外へ歩き出す。私ともう一人がその後を追い、「桜を見に行くんでしょ？」と声をかけると、「そう」と答え、4人で桜を見に行くことになった。狭い車道を越えると木がたくさんあり、その先に公園のように開けた場所があり、そこにはたくさんの桜が咲いていた。現実のソメイヨシノよりもずっと濃いピンクで、カワヅザクラのような、生命感の強い色をしている。満開に近いその桜は、ただ美しく、去年追いかけた桜と同じく鮮やかだった。去年現実に見た景色がそこにはあった。桜を見たあと、私たちは丘のような場所を登る。そしてなぜか、そこで私たちはアトラクションのようなものに挑戦することになる。坂か、はしごのようなものを、私は白い日傘を差して登っている。風で傘が煽られるから、紐のようなもので手に繋いで飛ばないようにしている。高いところまで登ったその構造物は、巨大な脚立のような形をしていた。はしごを二本合わせたような構造で、ジェットコースターの土台のような質感。高さはマンションの7階、8階ほどだろうか。右手には広がる海、左手には芝生のような穏やかな風景。視界が一気に開ける。頂点に立ち、下を覗き込むと、むき出しの地面と海が見える。高所恐怖症なので足がすくみ、怖くて柱にしがみつく。背中と腰がゾワゾワする。風は強く、構造物全体が大きくしなる。鉄ではなく、ファイバーや硬いゴムのようなしなやかな素材でできていて、しなっては戻り、しなっては戻るたびに、そこにしがみつく自分の体も大きく揺れる。怖い。あまりの高さに目がくらむ。持ち手にしがみつきながら、ただ耐えている。一緒にいた友人が「大丈夫？」と声をかけてくれる。その後、私は意を決して言った。「行くね」脚立の足の一本を両手で握りしめる。その足は、棒高跳びの棒のようにしなる素材で、地面までビヨーンと伸びている。一気に落ちる。ものすごいスピード。ものすごい高さ。怖い。けれど無事に地面へ到達する。終わりかと思いきや、今度は逆バンジーのように、着地した刹那、一気に上へ引き上げられる。地面からビルの6階、7階の高さまで、ヒュンと上がる。そして、ふわりと降りる。それを何度も繰り返した。地上にはスタッフのような人たちがいて、見守っている。さっきまで上で励ましてくれていた友人も、なぜか地上にいて、「すごい、できたじゃん」と言ってくれる。怖い。でも、楽しい。上がるときは鋭く、速く。降りるときは柔らかく、浮遊するように。その感覚が、心地いい。5回か6回ほど繰り返したあと、最後に地面に着地する。スタッフはまだ続けられるような空気を出していたが、私は棒を握りしめた手の限界を感じていた。手が痛い。もう体重を支えるのは無理だ。もしこの手から力が抜けたら、落ちて死ぬ。「もういいや。十分」満足して、終わることを選んだ。あれほど怖くて、しがみついていた最初の自分が嘘のように、恐怖を通り抜けたあとの、すっきりとした感覚が残っていた。身体にはまだ、浮遊感が残っている。「怖かったけど、楽しかった」そう友人に伝えているところで、目が覚めた。時刻は5時25分。やらかした、と思って飛び起きる。今朝はいつもより早い、6時から朝練だ。枕元では、うさぎのきなこが撫でてもらうのを待っていたが、「ごめん、時間ない」と声をかけて、急いで支度をする。ノーメイク、髪だけ何とかお団子に結い、日焼け止めを塗り、マスクをして、家を出る。時間は6:40。スタジオへ向かう今も、あの浮遊感はまだ体に残っている。地面から空へヒュンと上がり、空から地面へふわりと降りる、あの不思議な感覚。怖さと楽しさが混ざり合った、あの感覚を、私はまだ少し、体の中で味わっている。飛ぶシリーズの夢は、余韻が楽しい。リアルな浮遊感と、非現実的なシチュエーション。そういえば少し前に見た飛ぶ夢は、大きな蝙蝠傘で月面を浮遊するみたいに飛んでたっけ。飛ぶシリーズ、また次回が楽しみだ。※2026年3月28日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-19T09:47:49+00:00</published><updated>2026-04-19T09:48:43+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>今朝の夢も、シリーズものだった。</p><p>今回は【飛ぶ】シリーズのニューバージョン。</p><p><br></p><p>ー夢の中で、私は数人の友人たちと一緒にいた。</p><p>（この前の部分は失念してしまった）</p><p><br></p><p>けれど今思い返すと、</p><p>その人たちは現実の知り合いではなく、</p><p>夢の中でだけ「友人」として存在していた人たちだった。</p><p>場所は、道端なのか建物の中なのか曖昧な空間。</p><p><br></p><p>私たちは談笑していて、その目の前には、</p><p>凝った造りの、素敵な古民家があった。</p><p>その古民家の敷地の一角の、</p><p>小さな物置のような建物の中からは、</p><p>そこに住んでいるらしいおじいさんが</p><p>何か作業をしている音が聞こえてくる。</p><p>柵越しに、人影がゆらりと動くのが見えた。</p><p>しばらくすると、友人らしき女性が二人、ふいに外へ歩き出す。</p><p><br></p><p>私ともう一人がその後を追い、</p><p>「桜を見に行くんでしょ？」と声をかけると、</p><p>「そう」と答え、4人で桜を見に行くことになった。</p><p><br></p><p>狭い車道を越えると木がたくさんあり、</p><p>その先に公園のように開けた場所があり、</p><p>そこにはたくさんの桜が咲いていた。</p><p>現実のソメイヨシノよりもずっと濃いピンクで、</p><p>カワヅザクラのような、生命感の強い色をしている。</p><p><br></p><p>満開に近いその桜は、ただ美しく、</p><p>去年追いかけた桜と同じく鮮やかだった。</p><p>去年現実に見た景色がそこにはあった。</p><p><br></p><p>桜を見たあと、私たちは丘のような場所を登る。</p><p>そしてなぜか、そこで私たちは</p><p>アトラクションのようなものに挑戦することになる。</p><p>坂か、はしごのようなものを、私は白い日傘を差して登っている。</p><p>風で傘が煽られるから、紐のようなもので</p><p>手に繋いで飛ばないようにしている。</p><p><br></p><p>高いところまで登ったその構造物は、巨大な脚立のような形をしていた。</p><p>はしごを二本合わせたような構造で、ジェットコースターの土台のような質感。</p><p>高さはマンションの7階、8階ほどだろうか。</p><p>右手には広がる海、左手には芝生のような穏やかな風景。視界が一気に開ける。</p><p><br></p><p>頂点に立ち、下を覗き込むと、むき出しの地面と海が見える。</p><p>高所恐怖症なので足がすくみ、怖くて柱にしがみつく。</p><p>背中と腰がゾワゾワする。</p><p><br></p><p>風は強く、構造物全体が大きくしなる。</p><p>鉄ではなく、ファイバーや硬いゴムのようなしなやかな素材でできていて、</p><p>しなっては戻り、しなっては戻るたびに、</p><p>そこにしがみつく自分の体も大きく揺れる。</p><p><br></p><p>怖い。</p><p><br></p><p>あまりの高さに目がくらむ。</p><p>持ち手にしがみつきながら、ただ耐えている。</p><p>一緒にいた友人が「大丈夫？」と声をかけてくれる。</p><p>その後、私は意を決して言った。</p><p>「行くね」</p><p>脚立の足の一本を両手で握りしめる。</p><p><br></p><p>その足は、棒高跳びの棒のようにしなる素材で、地面までビヨーンと伸びている。</p><p><br></p><p>一気に落ちる。</p><p>ものすごいスピード。</p><p>ものすごい高さ。</p><p>怖い。</p><p>けれど無事に地面へ到達する。</p><p>終わりかと思いきや、今度は逆バンジーのように、</p><p>着地した刹那、一気に上へ引き上げられる。</p><p>地面からビルの6階、7階の高さまで、ヒュンと上がる。</p><p>そして、ふわりと降りる。</p><p>それを何度も繰り返した。</p><p>地上にはスタッフのような人たちがいて、見守っている。</p><p><br></p><p>さっきまで上で励ましてくれていた友人も、</p><p>なぜか地上にいて、「すごい、できたじゃん」と言ってくれる。</p><p><br></p><p>怖い。</p><p>でも、楽しい。</p><p>上がるときは鋭く、速く。</p><p>降りるときは柔らかく、浮遊するように。</p><p>その感覚が、心地いい。</p><p>5回か6回ほど繰り返したあと、最後に地面に着地する。</p><p><br></p><p>スタッフはまだ続けられるような空気を出していたが、</p><p>私は棒を握りしめた手の限界を感じていた。</p><p>手が痛い。もう体重を支えるのは無理だ。</p><p>もしこの手から力が抜けたら、落ちて死ぬ。</p><p><br></p><p>「もういいや。十分」</p><p>満足して、終わることを選んだ。</p><p>あれほど怖くて、しがみついていた最初の自分が嘘のように、</p><p>恐怖を通り抜けたあとの、すっきりとした感覚が残っていた。</p><p>身体にはまだ、浮遊感が残っている。</p><p><br></p><p>「怖かったけど、楽しかった」</p><p>そう友人に伝えているところで、目が覚めた。</p><p><br></p><p>時刻は5時25分。</p><p>やらかした、と思って飛び起きる。</p><p>今朝はいつもより早い、6時から朝練だ。</p><p>枕元では、うさぎのきなこが撫でてもらうのを待っていたが、</p><p>「ごめん、時間ない」と声をかけて、急いで支度をする。</p><p>ノーメイク、髪だけ何とかお団子に結い、</p><p>日焼け止めを塗り、マスクをして、家を出る。時間は6:40。</p><p><br></p><p>スタジオへ向かう今も、あの浮遊感はまだ体に残っている。</p><p>地面から空へヒュンと上がり、空から地面へふわりと降りる、</p><p>あの不思議な感覚。</p><p><br></p><p>怖さと楽しさが混ざり合った、あの感覚を、</p><p>私はまだ少し、体の中で味わっている。</p><p><br></p><p>飛ぶシリーズの夢は、余韻が楽しい。</p><p>リアルな浮遊感と、非現実的なシチュエーション。</p><p>そういえば少し前に見た飛ぶ夢は、</p><p>大きな蝙蝠傘で月面を浮遊するみたいに飛んでたっけ。</p><p><br></p><p>飛ぶシリーズ、また次回が楽しみだ。</p><p><br></p><p>※2026年3月28日　note記事より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[踊りのラベル]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58752413/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/3baf027830b50cacb32ed7cde40c37c7_00799b32c7cbca2efe7b536bb705f0ec.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58752413</id><summary><![CDATA[ベリーダンスは、一言で言い表せないほど多様なジャンルに分かれている。そして同じジャンルの中でさえ、踊る人によって表現も個性もまったく異なる。それほどまでに、自由で、豊かなダンスだと思う。バレエの世界で適性が無く、長年苦しい思いをしてきた私は、ベリーダンスに初めて出会った時、その多様性と懐の深さに深く感銘を受け、そして同時に救われた気持ちになったのを今でも強く覚えている。だが一方で、よく耳にする言葉がある。「それはベリーダンスではないのではないか？」他者の踊りを、ベリーダンスという枠から外すような指摘だ。そのたびに、私は考えてしまう。以前、著名な先生が「トライバルフュージョンはベリーダンスではない」と言っていたのを思い出す。だが、トライバルを踊るダンサーにとっては、それもまたベリーダンスという大きなカテゴリーの一部なのではないだろうか。また、ジプシーダンスはロマの人々が生活の中で踊り継いできた文化であり、厳密に言えば「ベリーダンス」とは別のカテゴリーに属するのかもしれない。それでもなお、大きなファミリーとして、ジプシーダンスもジャンルとして存在している。それをベリーダンスに含めることも、決して不自然ではないと私は思う。もし「純粋にエジプトで踊り継がれてきたものだけ」をベリーダンスと呼ぶのだとしたら、現在のロシアやウクライナで発展したスタイルはどうなるのだろう。トライバルフュージョンやジプシーダンス、その他の多くのスタイルも、すべてベリーダンスではないということになってしまう。もちろん、自分たちのジャンルこそが正統であると考えることは、ある意味で自然なことなのだと思う。それぞれが、自分のルーツや美学を大切にしている証でもあるからだ。それでも、私にとってベリーダンスの魅力は、その多様性と懐の深さにあった。だからこそ、「これはベリーダンスではない」という言葉は、どこか少し、寂しさを伴って響く。⸻私自身、「ベリーダンスじゃない」と、これまで何度も言われてきた。そして今も、きっとこれからも言われるのだと思う。けれど、それは私にとって否定ではない。そう言われたとき、私はいつも素直に「そうですね」と答える。なぜなら、自分のことをベリーダンサーだと思っていないからだ。私はただ、音楽を身体で表現したい人であり、自分をただの一人の踊り手だと思っている。⸻だが、インストラクターという立場にいる以上、「ベリーダンスです」と言わざるを得ない場面も多く存在する。イベントへのエントリー、生徒への説明、スクールの案内や宣伝。「ジャンルは何ですか」と問われたとき、分かりやすさという意味でも、ベリーダンスと答えるのが最も適切だからだ。その言葉に、嘘はない。けれど、それだけでは足りないとも感じている。だから私は、体験に来てくださった方や、イベント関係者の方と直接お話しする機会があるときには、できる限り丁寧に説明するようにしている。バレエをベースに、ウクライナのスタイルを取り入れたベリーダンスであること。そして、それは純粋なエジプトのベリーダンスとは異なるものであること。その一言を、必ず添えるようにしている。⸻名前やジャンルは、ただのラベルのようなものだと、私は常々思っている。ベリーダンスであっても、バレエであっても、私はそのどちらにも完全には属さない。ただの一人のダンサーだ。自分のことを、どこか蝙蝠のような存在だとも感じている。鳥のようでもあり、獣のようでもある。どちらともつかない、曖昧な存在。きっと、そんな在り方そのものが、私の踊りなのだと思う。私のアイデンティティは、エジプト由来の純粋なベリーダンスではない。それでも、この美しいダンスそのものと、このダンスを生み出したエジプトの長く荘厳な歴史、素晴らしい文化には深い興味があり、心からのリスペクトを抱いている。ただ、私が学びたいのは、純粋なエジプトの踊りそのものではない。私が惹かれているのは、今学び続けているダリナのスタイルだ。それは、私のバックグラウンドがバレエであること、そして私の持つ表現のツールが、彼女のダンスに強い共鳴を覚えるから。何より、私が表現したい音楽やドラマが、彼女の世界とどこか重なっているからだと思う。⸻だから、「それはベリーダンスではない」と一刀両断されたとしても、それが私にとっての表現のツールである以上仕方のない事だし、何も揺らぐことはない。私は胸を張って、こう答える。「そうです。私はベリーダンサーではありません。そして、私の踊っているものは、ベリーダンスではないのかもしれません」と。それで構わないと思っている。私はただの一人のダンサーであり、ただ音楽を通して、自分の心や、音楽の中にある感情、そして歌詞に宿るドラマを、見る人に伝えたいだけなのだ。踊りのテクニックは、あくまでツールであり、言語に過ぎない。どの言語を使ったとしても、それが「伝えるための手段」であることに変わりはない。そんな想いで、私は今日も踊り、そして練習を続けている。]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-18T15:31:20+00:00</published><updated>2026-04-18T15:31:21+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[内に芽吹き、外に咲く]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58745197/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/52a7d35b1a1427a6747744873df21ccd_4992fe487d9aeba897ab5a220059b1ab.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58745197</id><summary><![CDATA[春、この時期になると、無性に聴きたくなる音楽がある。雅楽の「春庭花」だ。けれど私がこの音楽に感じているものは、実は「春庭花」そのものだけではない。その前に奏される、双調の音取。あの響きこそが、私の中にある“春のはじまり”と深く結びついている。初めてこの曲を聴いたとき、私の中に浮かんだのは、土の中の世界だった。真っ暗な土の中。まだ何も見えないその場所で、無数の命が、静かに、しかし確かに動き始めている。螺旋を描くように、内側からほどけていく力。上へ、上へと押し上がろうとする気配。それはまだ、形を持たない。けれど、確かに存在している。この感覚は、「春庭花」ではなく、その前に奏される双調の音取の響きそのものだったのだと思う。音取―調子を整えるための音。けれどそこには、すでに生命の気配が満ちている。まだ見えない春。けれど確実に始まっている春。やがてその内側の生命は、地上へと現れる。私の中に浮かんだのは、満開の花をたたえた、大きな桜の木だった。年輪を重ねた一本の桜が、静かにそこに佇んでいる。枝は大きく横へ広がり、その先には、無数の花が咲き誇っている。音が鳴るたびに、花が、ポン、と弾けるように開く。ポン、ポン、とやわらかな響きとともに、花々はまるで歌うように、空へと向かって咲いていく。そして、ひとしきり咲き誇ったあと、はらはらと、静かに散っていく。それは、内にあった命が、ついに外へと現れた姿。「春庭花」という楽曲は、その完成された春のかたちを描いているのだと感じる。ーこの「春庭花」は、早朝の音だ。雅楽において「春」は東を示す。東――光が生まれる方角。そのはじまりの気配を、この音楽は静かに湛えている。千年の時を越えて。はるか千年以上の時を越えて。現代に生きる私たちへ、春の息吹を伝えてくれる音がある。雅楽という音楽には、ただの響きではない、もっと深い記憶のようなものが宿っている気がする。桜の花が咲くさま。そして、散りゆくさま。満ちて、ほどけて、消えていく――その一連の流れに美を見出す感覚。それは今もなお、人々の心の奥で静かに息づいている。ふと、以前雅楽を習っていたときの先生の言葉を思い出す。雅楽はもともと、唐楽や高麗楽――つまり、中国や朝鮮半島で磨かれてきた音楽なのだと。遠い異国の地で生まれた音が、長い時をかけて海を渡り、この国へと伝わってきた。そしてその音は、日本の風土や感性の中で育まれ、やがて今私たちが耳にする「雅楽」となった。⸻世界の多くの文明は、時代の変化とともに文化を更新し続けてきた。その中で日本は、外からもたらされたものを受け入れながらも、それを自国の感性の中で育み、長い時間をかけて守り、受け継いできた。雅楽もまた、そのひとつである。現代では、雅楽を耳にする機会は多くはない。それでも、この音楽は確かに生き続けている。私は、この雅楽という音楽が大好きだ。だいぶ前、私がバレエを教えている子どもたちとともに、「越天楽」に合わせて踊る機会をつくったことがある。そのとき私は、自ら龍笛を手にし、烏帽子を被り、装束を纏い、演奏した。雅楽の音に合わせて踊るという体験は、子どもたちにとっても、観ている人にとっても、きっと初めてのものだったと思う。けれどその時間は、不思議と自然で、どこか懐かしさすら感じられるものだった。今は、練習場所や仕事の都合で、雅楽のお稽古に通うことはできていない。それでもまた、折があれば龍笛を吹きたいと思っている。この時期になると、なぜか無性に、双調の音取を吹きたくなる。土の中で、まだ見えない命が動き出す、あの感覚。そして「春庭花」を聴くと、ああ、今年もまた春が来たのだなと、しみじみと感じる。満開の桜の下で、この音楽を聴くことができたなら――それはきっと、何ものにも代えがたい時間になるだろう。内に芽吹くものと、外に現れるもの。その両方をあわせて、春なのだと思う。「春庭花」。私の、大好きな曲のひとつだ。あと幾度、私は残りの人生で春のこの季節を味わうことができるのだろうか。ふと、想う。※2026年3月25日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-16T02:17:13+00:00</published><updated>2026-04-16T02:24:44+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>春、この時期になると、無性に聴きたくなる音楽がある。</p><p>雅楽の「春庭花」だ。</p><p><br></p><p>けれど私がこの音楽に感じているものは、</p><p>実は「春庭花」そのものだけではない。</p><p>その前に奏される、双調の音取。</p><p><br></p><p>あの響きこそが、</p><p>私の中にある“春のはじまり”と深く結びついている。</p><p><br></p><p>初めてこの曲を聴いたとき、</p><p>私の中に浮かんだのは、土の中の世界だった。</p><p><br></p><p>真っ暗な土の中。</p><p>まだ何も見えないその場所で、</p><p>無数の命が、静かに、しかし確かに動き始めている。</p><p>螺旋を描くように、内側からほどけていく力。</p><p>上へ、上へと押し上がろうとする気配。</p><p><br></p><p>それはまだ、形を持たない。</p><p>けれど、確かに存在している。</p><p><br></p><p>この感覚は、「春庭花」ではなく、</p><p>その前に奏される双調の音取の響きそのものだったのだと思う。</p><p><br></p><p>音取―調子を整えるための音。</p><p>けれどそこには、すでに生命の気配が満ちている。</p><p><br></p><p>まだ見えない春。</p><p>けれど確実に始まっている春。</p><p>やがてその内側の生命は、地上へと現れる。</p><p><br></p><p>私の中に浮かんだのは、</p><p>満開の花をたたえた、大きな桜の木だった。</p><p>年輪を重ねた一本の桜が、静かにそこに佇んでいる。</p><p>枝は大きく横へ広がり、</p><p>その先には、無数の花が咲き誇っている。</p><p><br></p><p>音が鳴るたびに、</p><p>花が、ポン、と弾けるように開く。</p><p>ポン、ポン、とやわらかな響きとともに、</p><p>花々はまるで歌うように、空へと向かって咲いていく。</p><p>そして、ひとしきり咲き誇ったあと、</p><p>はらはらと、静かに散っていく。</p><p><br></p><p>それは、内にあった命が、</p><p>ついに外へと現れた姿。</p><p><br></p><p>「春庭花」という楽曲は、</p><p>その完成された春のかたちを描いているのだと感じる。</p><p><br></p><p>ーこの「春庭花」は、早朝の音だ。</p><p>雅楽において「春」は東を示す。</p><p>東――光が生まれる方角。</p><p>そのはじまりの気配を、この音楽は静かに湛えている。</p><p><br></p><p>千年の時を越えて。</p><p>はるか千年以上の時を越えて。</p><p>現代に生きる私たちへ、春の息吹を伝えてくれる音がある。</p><p><br></p><p>雅楽という音楽には、</p><p>ただの響きではない、</p><p>もっと深い記憶のようなものが宿っている気がする。</p><p><br></p><p>桜の花が咲くさま。</p><p>そして、散りゆくさま。</p><p>満ちて、ほどけて、消えていく――</p><p><br></p><p>その一連の流れに美を見出す感覚。</p><p>それは今もなお、人々の心の奥で静かに息づいている。</p><p><br></p><p>ふと、以前雅楽を習っていたときの先生の言葉を思い出す。</p><p><br></p><p>雅楽はもともと、唐楽や高麗楽――</p><p>つまり、中国や朝鮮半島で磨かれてきた音楽なのだと。</p><p>遠い異国の地で生まれた音が、</p><p>長い時をかけて海を渡り、この国へと伝わってきた。</p><p>そしてその音は、日本の風土や感性の中で育まれ、</p><p>やがて今私たちが耳にする「雅楽」となった。</p><p><br></p><p>⸻</p><p>世界の多くの文明は、</p><p>時代の変化とともに文化を更新し続けてきた。</p><p>その中で日本は、</p><p>外からもたらされたものを受け入れながらも、</p><p>それを自国の感性の中で育み、</p><p>長い時間をかけて守り、受け継いできた。</p><p><br></p><p>雅楽もまた、そのひとつである。</p><p>現代では、雅楽を耳にする機会は多くはない。</p><p>それでも、この音楽は確かに生き続けている。</p><p>私は、この雅楽という音楽が大好きだ。</p><p><br></p><p>だいぶ前、</p><p>私がバレエを教えている子どもたちとともに、</p><p>「越天楽」に合わせて踊る機会をつくったことがある。</p><p>そのとき私は、自ら龍笛を手にし、</p><p>烏帽子を被り、装束を纏い、演奏した。</p><p><br></p><p>雅楽の音に合わせて踊るという体験は、</p><p>子どもたちにとっても、観ている人にとっても、</p><p>きっと初めてのものだったと思う。</p><p><br></p><p>けれどその時間は、不思議と自然で、</p><p>どこか懐かしさすら感じられるものだった。</p><p><br></p><p>今は、練習場所や仕事の都合で、</p><p>雅楽のお稽古に通うことはできていない。</p><p>それでもまた、折があれば龍笛を吹きたいと思っている。</p><p><br></p><p>この時期になると、なぜか無性に、</p><p>双調の音取を吹きたくなる。</p><p><br></p><p>土の中で、まだ見えない命が動き出す、あの感覚。</p><p>そして「春庭花」を聴くと、</p><p>ああ、今年もまた春が来たのだなと、しみじみと感じる。</p><p><br></p><p>満開の桜の下で、この音楽を聴くことができたなら――</p><p>それはきっと、何ものにも代えがたい時間になるだろう。</p><p><br></p><p>内に芽吹くものと、</p><p>外に現れるもの。</p><p>その両方をあわせて、春なのだと思う。</p><p><br></p><p>「春庭花」。</p><p>私の、大好きな曲のひとつだ。</p><p><br></p><p>あと幾度、私は残りの人生で</p><p>春のこの季節を味わうことができるのだろうか。</p><p>ふと、想う。</p><p><br></p><p>※2026年3月25日　note記事より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[白い花の記憶②]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58743709/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/64f786a7ec6bd6aa0e259686a3858ae3_51723d310a4c28f50fd608dee89c35d5.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58743709</id><summary><![CDATA[白い花の記憶がある。2月の終わりから3月にかけて咲く、大好きな花。白い梅の花に続いて、私の中で春を告げるのは、白木蓮と拳の花だ。物心ついた頃、私はよく、幼稚園の下にある神社の、人気のない境内で遊んでいた。まだ寒さの残るその場所で、この時期になると、どこからともなく、なんとも言えない良い香りが漂ってくる。澄んだ空気の中に、ふわりと混ざるやさしい香り。その匂いを感じるたび、私は何度もあたりを見渡した。そして気づく。地面に、大きな白い花が落ちている。自分の顔ほどもあるその花は、水気を含んだ、ぽってりとした花びらをしていた。厚みがあって、しっかりとしているのに、どこかしおしおとした、儚さもある。けれど、周りを見渡しても、その花が咲いている場所が見つからない。不思議に思って母に尋ねると、それが木蓮という花だと教えてくれた。そして、顔を上げて「ほら、あそこ」と指さした先。ひょろりと伸びた高い木の先に、ぽつりぽつりと、大きな白い花が咲いていた。—ああ、これか。幼い私は、こんな高い場所に花が咲くなんて思ってもいなくて、ずっと地面ばかりを探していたのだ。白木蓮の花は、ほんのりクリーム色を帯びたやさしい白。そして、あの忘れられない香り。それ以来、私はこの花が好きになった。似た花でいえば、拳の花も好きだ。白木蓮よりも小さくて、花びらが多く、たおやかでやわらかい印象をしている。幼い頃の私は、この二つを同じ花だと思っていた。けれど、後になって、まったく別の木で、違う花だと知った。拳の花もまた、この3月の時期に満開を迎える。淡い空に向かって、静かに伸びていくその姿は、とても優美だ。亡くなった叔母は、この花が好きだったという。花の話を直接したことはなかったけれど、母からそう聞いた。なぜだか、その気持ちが少しわかる気がした。きっと、似たものを好きになる人だったのだと思う。私の記憶の中には、いつも白い花がある。物心ついた頃から、変わらずずっと。白木蓮も、拳の花も、まだ浅い春に咲いて、空へと伸びていく。そのたおやかな姿を見ていると、やがて訪れるあたたかな季節を、静かに思う。少しずつ昼が長くなっていくこの時期が、私はとても好きだ。※2026年3月23日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-15T09:50:07+00:00</published><updated>2026-04-15T09:50:07+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>白い花の記憶がある。</p><p>2月の終わりから3月にかけて咲く、大好きな花。</p><p><br></p><p>白い梅の花に続いて、</p><p>私の中で春を告げるのは、白木蓮と拳の花だ。</p><p><br></p><p>物心ついた頃、私はよく、</p><p>幼稚園の下にある神社の、人気のない境内で遊んでいた。</p><p><br></p><p>まだ寒さの残るその場所で、この時期になると、</p><p>どこからともなく、なんとも言えない良い香りが漂ってくる。</p><p>澄んだ空気の中に、ふわりと混ざるやさしい香り。</p><p>その匂いを感じるたび、私は何度もあたりを見渡した。</p><p><br></p><p>そして気づく。</p><p>地面に、大きな白い花が落ちている。</p><p>自分の顔ほどもあるその花は、</p><p>水気を含んだ、ぽってりとした花びらをしていた。</p><p>厚みがあって、しっかりとしているのに、</p><p>どこかしおしおとした、儚さもある。</p><p><br></p><p>けれど、周りを見渡しても、</p><p>その花が咲いている場所が見つからない。</p><p>不思議に思って母に尋ねると、</p><p>それが木蓮という花だと教えてくれた。</p><p>そして、顔を上げて「ほら、あそこ」と指さした先。</p><p>ひょろりと伸びた高い木の先に、</p><p>ぽつりぽつりと、大きな白い花が咲いていた。</p><p><br></p><p>—ああ、これか。</p><p>幼い私は、こんな高い場所に花が咲くなんて思ってもいなくて、</p><p>ずっと地面ばかりを探していたのだ。</p><p><br></p><p>白木蓮の花は、</p><p>ほんのりクリーム色を帯びたやさしい白。</p><p>そして、あの忘れられない香り。</p><p>それ以来、私はこの花が好きになった。</p><p><br></p><p>似た花でいえば、拳の花も好きだ。</p><p>白木蓮よりも小さくて、花びらが多く、</p><p>たおやかでやわらかい印象をしている。</p><p>幼い頃の私は、この二つを同じ花だと思っていた。</p><p>けれど、後になって、まったく別の木で、違う花だと知った。</p><p><br></p><p>拳の花もまた、この3月の時期に満開を迎える。</p><p>淡い空に向かって、</p><p>静かに伸びていくその姿は、とても優美だ。</p><p><br></p><p>亡くなった叔母は、この花が好きだったという。</p><p>花の話を直接したことはなかったけれど、母からそう聞いた。</p><p>なぜだか、その気持ちが少しわかる気がした。</p><p>きっと、似たものを好きになる人だったのだと思う。</p><p><br></p><p>私の記憶の中には、いつも白い花がある。</p><p>物心ついた頃から、変わらずずっと。</p><p><br></p><p>白木蓮も、拳の花も、</p><p>まだ浅い春に咲いて、空へと伸びていく。</p><p><br></p><p>そのたおやかな姿を見ていると、</p><p>やがて訪れるあたたかな季節を、静かに思う。</p><p><br></p><p>少しずつ昼が長くなっていくこの時期が、</p><p>私はとても好きだ。</p><p><br></p><p>※2026年3月23日　note記事より</p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[シリーズ化された夢②]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58740614/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/3255599c73f98fac6709eaaaf9896a3d_5f0db6e652858cb6ad0b3b499354f4a4.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58740614</id><summary><![CDATA[どこかへ向かおうとしている夢を見た。バスに乗っていた。降りようとしたとき、支払いの仕組みが現実とかけ離れすぎていて、どうすればいいのか分からない。運転士に謝りながら、どこから乗ったのか、どう支払えばいいのかを必死に確認する。そのあいだにも時間だけが過ぎていく。ふと後ろを見ると、私のせいで降りられない人たちの列ができていた。申し訳なさと焦りで、胸の奥がざわつく。どこかへ向かおうとしているのに、うまく進めないまま、場面が切り替わる。途中でトイレに入る。けれどそこは、個室ではなく、大部屋に洋式便器がいくつも並んでいる奇妙な空間だった。建物の半分は外に開かれていて、まるでカフェのテラスのように視界が抜けている。見えないように膝掛けをかけて座る。落ち着かないままやり過ごそうとしていると、サラリーマン風の男性が二人、談笑しながら入ってきて、私の前の列に腰を下ろす。どうやって拭けばいいのか分からない。その行為すら、ここでは許されていない気がして、ただ困り果てる。とりあえず水を流し、音でごまかす。そして思う。「ああ、またこれか」と。このタイプのトイレは、何度も夢に出てきている。ー場面が変わる。私はマンションの一室にいる。モデルの仕事を受けているらしく、年配の男性と、30〜40代のカメラマンと三人きり。白く、四角く、光もどこか均質な部屋。時間は午後3時くらい。「服を脱いで」と言われる。ヌード撮影なのだと理解するが、強い戸惑いがある。仕事だから、従うべきなのか。そう思いながら、上着を取られそうになった瞬間、また場面が切り替わる。気づけば外を歩いている。さっきの二人に加えて、見知らぬ外国人たちも一緒だ。空も道も、すべてが白っぽい。広くて、静かで、少し現実から浮いたような風景。遠くに、突然カラフルな建物が現れる。白を基調に、パステルカラーの石造り。ギリシャやモロッコの街並みのような、どこか異国的で可愛らしい景色。私は必死に写真を撮ろうとする。けれど、うまくいかない。ピントが合わない。ブレる。残せない。しばらく歩くと、その建物はすぐ目の前に現れる。外国人のひとりに案内されて中に入ると、外観とは対照的に、内部は狭く、コンパクトで、けれど丁寧に整えられている。小さいけれど、きれいで、どこか安心感がある空間。そこにエレベーターがある。上に行く必要があるらしい。撮影のためか、荷物のためか、とにかく「上がること」が求められている。けれどそのエレベーターはあまりにも小さい。乗り口も狭く、身体が入らない。ー入れない。行かなければいけないのに、行けない。そしてここでも思う。「ああ、これも前に見たことがある」と。このエレベーターも、何度も夢に出てきている。ーこの夢はやけにリアルで、妙に疲れた。思い返してみると、ずっと共通していたのは「うまく進めないまま、誰かを待たせてしまっている感覚」だった気がする。正しいやり方が分からないまま止まってしまうこと。見られたくないのに見られる状況。納得していないのに進められる流れ。掴みたいのに、うまく残せないもの。そして繰り返し現れる、トイレとエレベーター。夢の中の私は、それを初めての出来事としてではなく、「またこれか」と、どこかで理解している。同じ場所に、何度も戻ってきている。あの入れないほど小さなエレベーターはきっと、「次の場所に行くための準備が、まだ足りていない自分」そのものだ。行きたい場所は、もう見えている。むしろ、すぐそこにある。ただ、その場所に入るための形が、まだ少しだけ、合っていない。※2026年3月22日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-14T06:36:08+00:00</published><updated>2026-04-14T06:36:08+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>どこかへ向かおうとしている夢を見た。</p><p><br></p><p>バスに乗っていた。</p><p>降りようとしたとき、支払いの仕組みが現実とかけ離れすぎていて、</p><p>どうすればいいのか分からない。</p><p>運転士に謝りながら、どこから乗ったのか、</p><p>どう支払えばいいのかを必死に確認する。</p><p>そのあいだにも時間だけが過ぎていく。</p><p>ふと後ろを見ると、私のせいで降りられない人たちの列ができていた。</p><p>申し訳なさと焦りで、胸の奥がざわつく。</p><p><br></p><p>どこかへ向かおうとしているのに、</p><p>うまく進めないまま、場面が切り替わる。</p><p><br></p><p>途中でトイレに入る。</p><p>けれどそこは、個室ではなく、</p><p>大部屋に洋式便器がいくつも並んでいる奇妙な空間だった。</p><p>建物の半分は外に開かれていて、</p><p>まるでカフェのテラスのように視界が抜けている。</p><p>見えないように膝掛けをかけて座る。</p><p>落ち着かないままやり過ごそうとしていると、</p><p>サラリーマン風の男性が二人、</p><p>談笑しながら入ってきて、私の前の列に腰を下ろす。</p><p><br></p><p>どうやって拭けばいいのか分からない。</p><p>その行為すら、ここでは許されていない気がして、ただ困り果てる。</p><p>とりあえず水を流し、音でごまかす。</p><p><br></p><p>そして思う。</p><p><br></p><p>「ああ、またこれか」と。</p><p>このタイプのトイレは、何度も夢に出てきている。</p><p><br></p><p>ー場面が変わる。</p><p><br></p><p>私はマンションの一室にいる。</p><p>モデルの仕事を受けているらしく、</p><p>年配の男性と、30〜40代のカメラマンと三人きり。</p><p><br></p><p>白く、四角く、光もどこか均質な部屋。</p><p>時間は午後3時くらい。</p><p><br></p><p>「服を脱いで」と言われる。</p><p>ヌード撮影なのだと理解するが、強い戸惑いがある。</p><p>仕事だから、従うべきなのか。</p><p>そう思いながら、</p><p>上着を取られそうになった瞬間、また場面が切り替わる。</p><p><br></p><p>気づけば外を歩いている。</p><p>さっきの二人に加えて、見知らぬ外国人たちも一緒だ。</p><p><br></p><p>空も道も、すべてが白っぽい。</p><p>広くて、静かで、</p><p>少し現実から浮いたような風景。</p><p>遠くに、突然カラフルな建物が現れる。</p><p>白を基調に、パステルカラーの石造り。</p><p>ギリシャやモロッコの街並みのような、</p><p>どこか異国的で可愛らしい景色。</p><p><br></p><p>私は必死に写真を撮ろうとする。</p><p>けれど、うまくいかない。</p><p>ピントが合わない。ブレる。残せない。</p><p><br></p><p>しばらく歩くと、その建物はすぐ目の前に現れる。</p><p>外国人のひとりに案内されて中に入ると、</p><p>外観とは対照的に、内部は狭く、コンパクトで、</p><p>けれど丁寧に整えられている。</p><p>小さいけれど、きれいで、どこか安心感がある空間。</p><p><br></p><p>そこにエレベーターがある。</p><p>上に行く必要があるらしい。</p><p>撮影のためか、荷物のためか、</p><p>とにかく「上がること」が求められている。</p><p>けれどそのエレベーターはあまりにも小さい。</p><p>乗り口も狭く、身体が入らない。</p><p><br></p><p>ー入れない。</p><p>行かなければいけないのに、行けない。</p><p><br></p><p>そしてここでも思う。</p><p>「ああ、これも前に見たことがある」と。</p><p><br></p><p>このエレベーターも、何度も夢に出てきている。</p><p><br></p><p>ーこの夢はやけにリアルで、妙に疲れた。</p><p>思い返してみると、ずっと共通していたのは</p><p>「うまく進めないまま、誰かを待たせてしまっている感覚」だった気がする。</p><p><br></p><p>正しいやり方が分からないまま止まってしまうこと。</p><p>見られたくないのに見られる状況。</p><p>納得していないのに進められる流れ。</p><p>掴みたいのに、うまく残せないもの。</p><p>そして繰り返し現れる、トイレとエレベーター。</p><p>夢の中の私は、それを初めての出来事としてではなく、</p><p>「またこれか」と、どこかで理解している。</p><p><br></p><p>同じ場所に、何度も戻ってきている。</p><p><br></p><p>あの入れないほど小さなエレベーターはきっと、</p><p>「次の場所に行くための準備が、まだ足りていない自分」そのものだ。</p><p><br></p><p>行きたい場所は、もう見えている。</p><p>むしろ、すぐそこにある。</p><p><br></p><p>ただ、その場所に入るための形が、</p><p>まだ少しだけ、合っていない。</p><p><br></p><p>※2026年3月22日　note記事より</p><p><br></p><p><br></p>
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			<p>1,января 2026</p><p>облочно,зградуса. холодно.</p><p>2026年1月1日。木曜日からのスタート。新しい年に入っても相変わらず朝練から。</p><p>6:10に起床。少しきなこ🐰を撫でる。元気でワガママでいてくれるのは嬉しい。</p><p><br></p><p>寒いので、暖パンを履いて大名IIスタへ。ストレッチの後、Darinaのモダンオリエンタル（2022）を練習。前半少し、Instagram Liveをする。</p><p>Ahlam（海外ダンサー・恩師）が❤️を送ってくれた。</p><p>この曲を、2月のエストニア用の演目とする。</p><p><br></p><p>テクニックも表現も全く追いついていない所から、</p><p>プロカテゴリーのコンペ仕様に仕上げていくのはなかなか難しいだろう。</p><p>だけどチャレンジする事で成長出来るはず。</p><p>チャレンジを努力のプロセスとして、意義を持たせる。</p><p><br></p><p>表現においては、</p><p>存在感とか色気が無いのでそこをもっと突き詰めていく。</p><p>目線も弱い。</p><p>というか、ほぼ何も手付かずだ。</p><p>ここから2ヶ月でどう仕上げていくか自分次第。</p><p><br></p><p>帰宅後、お餅をたべた。</p><p>今日は何もせず、ゆったり過ごす日だ。</p><p>元旦は働いたり掃除をしたりしてはいけない日らしい。</p><p>そんな訳で昨日のRIZINの感想YouTubeを見てみたり、</p><p>本を読んだり。ゴロゴロしてるうちに寝てしまった。</p><p>3〜4時間の昼寝。</p><p>年末にあまり寝れておらず寝不足だったのもあり、</p><p>ぐっすりと泥のように眠ってしまった。</p><p><br></p><p>2025年の締めくくりはなかなか心に残るものだった。</p><p>RIZINも然り。思い返すだけで胸がギュッとなる。</p><p>下馬評では全く分からないものだ。人生どう転ぶか予測不能ということ。</p><p><br></p><p>夕方、ZARAのブーツを発送。</p><p>フリマアプリでの断捨離、何気に助かっている。</p><p>不要なものを処分しつつ、</p><p>欲しいものがその売り上げで買える。（干し芋とか果物最高だ）</p><p><br></p><p>夜はお好み焼きとぜんざい。食べすぎてお腹が苦しい。</p><p>少し太り気味なのでそろそろ食生活見直しが必要だ。</p><p>そういえばこの年末と年初めは年末年始らしい食べ物を摂取していない。</p><p>いつも通り地味な食生活。せいぜいお餅を食べたくらい。</p><p>（しかも、ただ焼いたお餅にお醤油つけただけ）</p><p><br></p><p>明日は朝練、初詣、MTG、編集作業。</p><p>お正月気分はそこそこに、早速目標に向かって動き出す。</p><p>今日は撮影用のドレスも届いた。</p><p>元旦に届くとは何とも縁起の良い感じだ。</p><p><br></p><p>明日の初詣は着物で行こうと思い、夜少し着付けの予行演習をしてみた。</p><p>着付けは以前習ってたし、着物で生活した期間もあったけど</p><p>今は全く着れなくなっている。ヘタでも継続する事が大事だなと思う。</p><p>（朝練も着物も語学も…）</p><p><br></p><p>電話が着信、仕事の確認。</p><p>ちょっとの手間を省くと、思い込みや間違い、すれ違い、トラブルの種になる。</p><p>確認、大事。</p><p><br></p><p>過去に色々失敗した事を思い返すと、</p><p>やはりその辺りの詰めの甘さから来てる事が多々あるなぁと自省。</p><p><br></p><p>2026年は</p><p>丁寧に、</p><p>楽しく、</p><p>大切な人たちを大切に、</p><p>人に優しく自分に厳しく、感謝の心で。</p><p><br></p><p>様々な事にチャレンジし、取り組んでいきたいと思う。</p><p><br></p>
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			<p>久しぶりに、拭き掃除をした。</p><p><br></p><p>去年の11月頃から、私が住むマンションでは、</p><p>壁や共有部分の床、ベランダの補修工事が続いていた。</p><p>足場が組まれ、作業員の方たちが出入りし、</p><p>建物全体は布で覆われ、窓も開けられない状態。</p><p>ベランダにあった植物も室内へ移動せざるを得ず、</p><p>湿気や落ち葉がたまり、換気もできないまま、空気はどこか淀んでいた。</p><p><br></p><p>そこに加えて、コンペの準備に追われる日々。</p><p>掃除や断捨離に手をつける余裕もないまま、年を越した。</p><p>そして先日やっとエストニア遠征を終え、</p><p>帰国してからも落ち着く間はなく、</p><p>家でゆっくり過ごす時間すら取れない日々が続いていたが、</p><p>ようやく工事も終わり、</p><p>私自身も朝練以外に何も予定のない日が昨日今日と続いた。</p><p><br></p><p>重い腰を上げ、掃除に取りかかる。</p><p>窓を開け、空気を思い切り入れ替える。</p><p>そして、床を水拭きする。</p><p><br></p><p>たったそれだけのことなのに、</p><p>部屋の空気は一変する。</p><p><br></p><p>どんよりと淀んでいたものが、</p><p>霧が晴れるようにすっと取り除かれていく。</p><p><br></p><p>磨かれた床は、神々しいほどに輝き、</p><p>家全体が喜んでいるような、</p><p>不思議なエネルギーに満ちあふれる。</p><p><br></p><p>最初は、リビングのほんの小さなスペースから始める。</p><p>そこから少しずつ、</p><p>窓枠に溜まった埃、</p><p>カーペットの下、</p><p>廊下、</p><p>お手洗い、</p><p>脱衣所、</p><p>浴室、</p><p>玄関、</p><p>キッチンへと、拭き掃除の範囲を広げていく。</p><p><br></p><p>一度にすべてをやろうとすると、すぐに疲れてしまうから。</p><p>小さなエリアを拭いては休み、</p><p>読書をし、お茶を飲み、チョコをつまみ、また立ち上がる。</p><p>そんなふうに、無理のないリズムで過ごしたこの2日間。</p><p><br></p><p>気がつけば、読書も拭き掃除も、驚くほどはかどっていた。</p><p>部屋が散らかり、床がくすんでくると、</p><p>心までも荒んでいくような気がする。</p><p><br></p><p>イライラが増えたり、ミスが重なったり、</p><p>どこかそわそわと落ち着かない。</p><p><br></p><p>けれど、部屋を整え、断捨離をし、</p><p>拭き、清め、すっきりと片付いた空間に身を置くと、</p><p>心は静かに落ち着き、</p><p>本当の意味でのゆとりが生まれてくる。</p><p><br></p><p>部屋を整えると、</p><p>心の中のモヤモヤまでも、</p><p>少しずつ整理されていくような気がする。</p><p><br></p><p>まだ拭き掃除に取りかかったばかりで、</p><p>完全にすっきりしたとは言えないけれど、</p><p>こうして休暇の時間を使いながら、</p><p>少しずつ持ち物を見直し、断捨離を進めていきたい。</p><p>桜が咲く頃までには、</p><p>自分の住環境を、</p><p>もう一度きちんと整えたいと思う。</p><p><br></p><p>住まいを見直し、整え、磨いていくことは、</p><p>きっと、自分の内面を整えることにも繋がっている。</p><p><br></p><p>ものにあふれた空間では、</p><p>心は整わない。</p><p><br></p><p>これから冬が終わり、春へと向かう。</p><p>季節とともに、少しずつ自分も外へと開いていく。</p><p><br></p><p>その前に、きちんと整えておきたい。</p><p>住まいも、思考も、そして自分自身も。</p><p><br></p><p>新しいことに挑戦し、</p><p>自分と向き合う時間を、これからも大切にしていきたい。</p><p><br></p><p>※2026年3月19日note記事より</p><p><br></p><p><br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[踊れるということ]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58731459/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/6c1bfe48992302d8ba32ee65fcb8dd97_a132b59d2843414c902660ab7060c985.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58731459</id><summary><![CDATA[本気で何かに挑戦すると、自分の未熟さや基礎の脆さ、踊りの拙さ、もともとのポテンシャルの低さまで、いろいろな欠点がいっぺんに見えてくる。すると、つい何もかも嫌になったり、できない自分を責めたりしてしまうことがある。実際、私はついさっきまでそうだった。エストニアでのチャレンジ。才能豊かな若いダンサーたちと同じステージに立つことの無謀さ。そもそも競う段階ですらない自分が、ここで踊らなければならないことの苦しさ。場違いなのではないかという、少し申し訳ないような気持ち。練習を重ねても、自分の思い描く姿とは大きくかけ離れた、無様な自分。そんなものと、この半年余り、ずっと向き合ってきた。だけど今朝、朝練に向かう車の中で、ほんの一瞬、光が差すように、ふんわりと感謝の気持ちが湧き上がってきた。今こうして朝練に向かおうとしていること。何の不自由もなく、自分のやりたいことができて、動きたい時に動けて、練習ができる。そのこと自体への、身体への感謝だった。つい忘れてしまう。こうして身体が自由に動くこと、やりたいことがやれることは、決して当たり前ではないのだと。怪我をすることもある。病気になることもある。あるいは年齢を重ねて、思うように身体が動かなくなる日もくる。そういうことは常に起こりうるし、いつか必ず自分の身にも降りかかる。それなのに今、私はこうして朝練に向かう車の中で、今日の練習のことを考えている。たとえ思うように上達できなくても、たとえ不甲斐ない自分がいても、練習ができること自体が、もう幸せなのかもしれない。踊りの場へ戻れること。練習する場所へ向かえること。それだけで、私にとっては大きな喜びなのかもしれない。身体が自由に動くこと。それは、私が私でいられるための、かけがえのない土台なのだ。私はもう、決して若いとは言えない。一生のうちで踊ることができる時間には、思っている以上に限りがあるのだと思う。そんな中で、怪我も病気もなく、こうして毎日朝練に向かい、大好きな先生から踊りを学べている。その先生は、世界でもトップクラスのスターダンサーだ。定期的に出演できる舞台があり、期限の中で課題に向き合い、その成果をステージで確かめることができる。そして、私の踊りを好きだと言ってくださる生徒さんやお客様がいて、いつも見守り、応援してくださる方々がいる。こんなにも恵まれた環境にいながら、できないことばかりに目を向けて、落ち込んでばかりいるわけにはいかない。私は、もう十分に幸せなのだ。こうして練習ができる健康な身体があること。踊れる場所があること。支えてくださる大切な人たちがいること。これ以上ないほどに、満たされているのだと、今しみじみ思う。さあ、今日も朝練からスタート。幸せすぎる一日の始まりだ。※2026年3月18日note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-10T23:48:26+00:00</published><updated>2026-04-10T23:48:26+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>本気で何かに挑戦すると、自分の未熟さや基礎の脆さ、踊りの拙さ、</p><p>もともとのポテンシャルの低さまで、</p><p>いろいろな欠点がいっぺんに見えてくる。</p><p>すると、つい何もかも嫌になったり、</p><p>できない自分を責めたりしてしまうことがある。</p><p><br></p><p>実際、私はついさっきまでそうだった。</p><p><br></p><p>エストニアでのチャレンジ。</p><p>才能豊かな若いダンサーたちと同じステージに立つことの無謀さ。</p><p>そもそも競う段階ですらない自分が、</p><p>ここで踊らなければならないことの苦しさ。</p><p>場違いなのではないかという、少し申し訳ないような気持ち。</p><p><br></p><p>練習を重ねても、</p><p>自分の思い描く姿とは大きくかけ離れた、無様な自分。</p><p>そんなものと、この半年余り、ずっと向き合ってきた。</p><p><br></p><p>だけど今朝、朝練に向かう車の中で、</p><p>ほんの一瞬、光が差すように、</p><p>ふんわりと感謝の気持ちが湧き上がってきた。</p><p><br></p><p>今こうして朝練に向かおうとしていること。</p><p><br></p><p>何の不自由もなく、</p><p>自分のやりたいことができて、</p><p>動きたい時に動けて、練習ができる。</p><p><br></p><p>そのこと自体への、身体への感謝だった。</p><p><br></p><p>つい忘れてしまう。</p><p>こうして身体が自由に動くこと、</p><p>やりたいことがやれることは、決して当たり前ではないのだと。</p><p><br></p><p>怪我をすることもある。</p><p>病気になることもある。</p><p>あるいは年齢を重ねて、</p><p>思うように身体が動かなくなる日もくる。</p><p><br></p><p>そういうことは常に起こりうるし、</p><p>いつか必ず自分の身にも降りかかる。</p><p><br></p><p>それなのに今、私はこうして朝練に向かう車の中で、</p><p>今日の練習のことを考えている。</p><p><br></p><p>たとえ思うように上達できなくても、</p><p>たとえ不甲斐ない自分がいても、</p><p>練習ができること自体が、もう幸せなのかもしれない。</p><p><br></p><p>踊りの場へ戻れること。</p><p>練習する場所へ向かえること。</p><p><br></p><p>それだけで、</p><p>私にとっては大きな喜びなのかもしれない。</p><p><br></p><p>身体が自由に動くこと。</p><p>それは、私が私でいられるための、</p><p>かけがえのない土台なのだ。</p><p><br></p><p>私はもう、決して若いとは言えない。</p><p>一生のうちで踊ることができる時間には、</p><p>思っている以上に限りがあるのだと思う。</p><p><br></p><p>そんな中で、怪我も病気もなく、</p><p>こうして毎日朝練に向かい、大好きな先生から踊りを学べている。</p><p>その先生は、世界でもトップクラスのスターダンサーだ。</p><p><br></p><p>定期的に出演できる舞台があり、</p><p>期限の中で課題に向き合い、</p><p>その成果をステージで確かめることができる。</p><p><br></p><p>そして、私の踊りを好きだと言ってくださる生徒さんやお客様がいて、</p><p>いつも見守り、応援してくださる方々がいる。</p><p><br></p><p>こんなにも恵まれた環境にいながら、</p><p>できないことばかりに目を向けて、落ち込んでばかりいるわけにはいかない。</p><p><br></p><p>私は、もう十分に幸せなのだ。</p><p><br></p><p>こうして練習ができる健康な身体があること。</p><p>踊れる場所があること。</p><p>支えてくださる大切な人たちがいること。</p><p>これ以上ないほどに、満たされているのだと、</p><p>今しみじみ思う。</p><p><br></p><p>さあ、今日も朝練からスタート。</p><p>幸せすぎる一日の始まりだ。</p><p><br></p><p>※2026年3月18日note記事より</p><p><br></p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/6c1bfe48992302d8ba32ee65fcb8dd97_a132b59d2843414c902660ab7060c985.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[日記〜書き続けるという事]]></title><link rel="alternate" href="https://www.bellydance-najm.net/posts/58730393/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/355244/3e25451a1fd4a9981a6ff70f391e7494_8209d30db43489627fb4957574100b19.jpg"></link><id>https://www.bellydance-najm.net/posts/58730393</id><summary><![CDATA[私は昔から日記文学が大好きだ。これまで読んできたものを主なものだけ挙げてみると、『紫式部日記』、『枕草子』、『徒然草』、『奥の細道』。現代のものでは、写真家の荒木経惟さんの日記、同じく写真家の川内倫子さんの『りんこ日記』、小説家・くどうれいんさんの『日記の練習』、昭和天皇の侍従・入江相政さんの『入江相政日記』、壇蜜さんの『壇蜜日記』、山崎佳代子さんの『ベオグラード日誌』、梨木香歩さんの『エストニア紀行』。こうして並べてみると、時代も書き手もさまざまだが、定期的に誰かの日記文学を読むことは、私にとって読書の楽しみのひとつになっている。そんなわけで、子どもの頃からよく日記をつけていた。だが、つい途中で書くのを忘れてしまったり、日記帳に書いた自分の文字が気に入らなくなってやめてしまったり、忙しさに紛れてサボってしまったりして、長く続いたことはほとんどなかった。それでも心の奥底にはいつも、日記を書き続けることへの憧れがあった。ノートを自分の日々の記録で埋めていくこと。それをいつか実現したいと、ずっと思っていた。2026年は、元旦から日記をつけようと誓いを立てた。あらかじめ買っておいた分厚いノート。そこに毎日きちんと日記を書いていこう。そう思い、コツコツと書き続けてきた。だが、その流れは先日のエストニア遠征でぴたりと止まってしまった。遠征の前日まではきちんと書いていたのだが、いざ出発してみると、飛行機での長時間移動、エストニアでのダンス三昧、くたくたになってホテルに戻ってはまたレッスンへ向かう…。そんな日々の繰り返しで、日記を書く余裕がまったくなかったのだ。あらかじめ日記帳から数枚の紙を切り取り、持参していたのだが、その紙に日記を書くことはないまま帰国してしまった。帰国してからも休む間もなく、時間に追い立てられるような慌ただしい日々が続き、気がつけば日記を書くという習慣そのものが、自分の生活からすっかり抜け落ちてしまっていた。帰国して10日ほど過ぎた頃、ようやく私は重い腰を上げた。2週間以上書いていない日記を、遡って書き直してみようと思ったのだ。たとえオンタイムでなくても、思い出せる限り記録すればいいのではないか。そう思った。そんなわけでここ3日ほど、書き損ねていた2週間以上の出来事を少しずつ思い出しながら日記帳に綴っている。本来、日記というものは、その日にあったことを新鮮なうちに書き留めるための装置だ。そのことは十分にわかっている。だが、過去に遡り、思い出しながら書くという作業もやってみると意外に悪くない。その日その日の簡単なメモは手帳に残している。その記録を手がかりに時間を遡り、心に残った景色や覚えておきたいことを、少しずつ書き綴っていく。そうしてページを埋めていく作業は、やってみると意外に楽しい。その日のうちに書く、ライブ感のある日記とはまた違った良さがあることを、今回あらためて発見した。毎日必ず書き続けるというのは、思っている以上にむずかしい。日々の仕事や生活のリズムのなかで、どうしても書けない日もあるだろうし、後回しにせざるを得ない時もきっと出てくる。そんな時でも諦めず、時間があるときに思い出せる限り思い出して、とりあえず一日一行でもいいから書き続ける。それが継続のコツなのではないかと、今回あらためて思った。そういえば、以前読んだ川内倫子さんの『りんこ日記』では、一日の記録が「プリント」という一語だけの日がたびたびあった。写真家である彼女にとって、プリント作業はとても大切なものなのだろう。その日は、プリントにすべての時間と集中を注いでいたのかもしれない。そう考えると、これを私に置き換えれば「朝練」。たったその一言だけでも、日記は十分に成り立つのだ。長いインターバルがあっても書き続けてみて気づいたのだが、日記というのは、その日にあった出来事をすべて書き綴ることではないのかもしれない。その日に感じた、たった一つの感情でもいい。たった一つの出来事でもいい。空がきれいだった。寒かった。眠かった。何もしなかった。そんなことだけでも、日記は充分に成り立つ。書きたいときにはたくさん書けばいいし、書きたくないときには天気と気温だけでもいい。書き続けることこそが、日記の本質なのだと思う。くどうれいんさんの『日記の練習』にも、こんな言葉が書かれていた。「面白いから書くのではない。書いているから、どんどん面白いことが増える。」本当にその通りだと思う。書かなくてもいい日もあるし、どうしても長く書けない日もある。それでも、そんな断片のような文章でさえ、あとから読み返すと心に残る。自分の日々の記録は、たった1行でもいいし、何ページにわたってもいい。書きたいように書けばいいのだ。文章でなくてもいい。落書きだけでもいいし、1枚だけ写真を添えるのもいいかもしれない。川内倫子さんの『りんこ日記』には、一日ごとの日記に、携帯で撮った写真が一枚添えられていた。そういう表現方法もとても素敵だと思い、私もやってみたいと憧れたことを思い出す。私も、自分なりの日記の形を見つけながら、これからも書き続けていきたいと思う。※2025年3月18日　note記事より]]></summary><author><name>りら</name></author><published>2026-04-10T11:24:32+00:00</published><updated>2026-04-10T11:24:32+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>私は昔から日記文学が大好きだ。</p><p><br></p><p>これまで読んできたものを主なものだけ挙げてみると、</p><p>『紫式部日記』、『枕草子』、『徒然草』、『奥の細道』。</p><p>現代のものでは、</p><p>写真家の荒木経惟さんの日記、同じく写真家の川内倫子さんの『りんこ日記』、</p><p>小説家・くどうれいんさんの『日記の練習』、</p><p>昭和天皇の侍従・入江相政さんの『入江相政日記』、</p><p>壇蜜さんの『壇蜜日記』、</p><p>山崎佳代子さんの『ベオグラード日誌』、</p><p>梨木香歩さんの『エストニア紀行』。</p><p><br></p><p>こうして並べてみると、時代も書き手もさまざまだが、定期的に誰かの日記文学を読むことは、私にとって読書の楽しみのひとつになっている。</p><p><br></p><p>そんなわけで、子どもの頃からよく日記をつけていた。</p><p>だが、つい途中で書くのを忘れてしまったり、日記帳に書いた自分の文字が気に入らなくなってやめてしまったり、忙しさに紛れてサボってしまったりして、</p><p>長く続いたことはほとんどなかった。</p><p>それでも心の奥底にはいつも、日記を書き続けることへの憧れがあった。</p><p>ノートを自分の日々の記録で埋めていくこと。</p><p>それをいつか実現したいと、ずっと思っていた。</p><p><br></p><p>2026年は、元旦から日記をつけようと誓いを立てた。</p><p>あらかじめ買っておいた分厚いノート。そこに毎日きちんと日記を書いていこう。</p><p>そう思い、コツコツと書き続けてきた。</p><p>だが、その流れは先日のエストニア遠征でぴたりと止まってしまった。</p><p><br></p><p>遠征の前日まではきちんと書いていたのだが、いざ出発してみると、</p><p>飛行機での長時間移動、エストニアでのダンス三昧、</p><p>くたくたになってホテルに戻ってはまたレッスンへ向かう…。</p><p>そんな日々の繰り返しで、日記を書く余裕がまったくなかったのだ。</p><p><br></p><p>あらかじめ日記帳から数枚の紙を切り取り、持参していたのだが、</p><p>その紙に日記を書くことはないまま帰国してしまった。</p><p><br></p><p>帰国してからも休む間もなく、</p><p>時間に追い立てられるような慌ただしい日々が続き、</p><p>気がつけば日記を書くという習慣そのものが、</p><p>自分の生活からすっかり抜け落ちてしまっていた。</p><p><br></p><p>帰国して10日ほど過ぎた頃、ようやく私は重い腰を上げた。</p><p>2週間以上書いていない日記を、遡って書き直してみようと思ったのだ。</p><p>たとえオンタイムでなくても、思い出せる限り記録すればいいのではないか。</p><p>そう思った。</p><p><br></p><p>そんなわけでここ3日ほど、</p><p>書き損ねていた2週間以上の出来事を少しずつ思い出しながら日記帳に綴っている。</p><p><br></p><p>本来、日記というものは、</p><p>その日にあったことを新鮮なうちに書き留めるための装置だ。</p><p>そのことは十分にわかっている。</p><p><br></p><p>だが、過去に遡り、思い出しながら書くという作業もやってみると意外に悪くない。</p><p>その日その日の簡単なメモは手帳に残している。その記録を手がかりに時間を遡り、心に残った景色や覚えておきたいことを、少しずつ書き綴っていく。</p><p>そうしてページを埋めていく作業は、やってみると意外に楽しい。</p><p><br></p><p>その日のうちに書く、ライブ感のある日記とはまた違った良さがあることを、</p><p>今回あらためて発見した。</p><p><br></p><p>毎日必ず書き続けるというのは、思っている以上にむずかしい。</p><p>日々の仕事や生活のリズムのなかで、どうしても書けない日もあるだろうし、</p><p>後回しにせざるを得ない時もきっと出てくる。</p><p><br></p><p>そんな時でも諦めず、時間があるときに思い出せる限り思い出して、</p><p>とりあえず一日一行でもいいから書き続ける。</p><p>それが継続のコツなのではないかと、今回あらためて思った。</p><p><br></p><p>そういえば、</p><p>以前読んだ川内倫子さんの『りんこ日記』では、</p><p>一日の記録が「プリント」という一語だけの日がたびたびあった。</p><p>写真家である彼女にとって、プリント作業はとても大切なものなのだろう。</p><p>その日は、プリントにすべての時間と集中を注いでいたのかもしれない。</p><p>そう考えると、これを私に置き換えれば「朝練」。</p><p>たったその一言だけでも、日記は十分に成り立つのだ。</p><p><br></p><p>長いインターバルがあっても書き続けてみて気づいたのだが、</p><p>日記というのは、その日にあった出来事をすべて書き綴ることではないのかもしれない。</p><p><br></p><p>その日に感じた、たった一つの感情でもいい。</p><p>たった一つの出来事でもいい。</p><p>空がきれいだった。</p><p>寒かった。</p><p>眠かった。</p><p>何もしなかった。</p><p>そんなことだけでも、日記は充分に成り立つ。</p><p><br></p><p>書きたいときにはたくさん書けばいいし、</p><p>書きたくないときには天気と気温だけでもいい。</p><p>書き続けることこそが、日記の本質なのだと思う。</p><p><br></p><p>くどうれいんさんの『日記の練習』にも、こんな言葉が書かれていた。</p><p>「面白いから書くのではない。</p><p>書いているから、どんどん面白いことが増える。」</p><p>本当にその通りだと思う。</p><p><br></p><p>書かなくてもいい日もあるし、どうしても長く書けない日もある。</p><p>それでも、そんな断片のような文章でさえ、あとから読み返すと心に残る。</p><p><br></p><p>自分の日々の記録は、たった1行でもいいし、何ページにわたってもいい。</p><p>書きたいように書けばいいのだ。</p><p><br></p><p>文章でなくてもいい。</p><p>落書きだけでもいいし、1枚だけ写真を添えるのもいいかもしれない。</p><p>川内倫子さんの『りんこ日記』には、</p><p>一日ごとの日記に、携帯で撮った写真が一枚添えられていた。</p><p>そういう表現方法もとても素敵だと思い、</p><p>私もやってみたいと憧れたことを思い出す。</p><p><br></p><p>私も、自分なりの日記の形を見つけながら、これからも書き続けていきたいと思う。</p><p><br></p><p>※2025年3月18日　note記事より</p><p><br></p>
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