主語は、いつも自分。覚悟を持ち、そのように思考し、振る舞う事

今朝の練習で、

あまりにも出来なさすぎて、思わず口に出た。

「もうやめたい」

「こんな事してなんになるの」

3年、朝練を続けてきて、

こんな言葉が出たのは初めてかもしれない。

それだけ、悔しかった。

それだけ、本気だった。

時間は誰にでも平等に流れている。

でも、何に優先順位をつけ、

何を選び、何を手放すかで、

人生の振付はまったく違うものになる。

目先の出来事や周囲の声に振り回されず、

自分がどんな未来に立ちたいのかを決める。

舞台に立つ前に、

「どんな自分でそこに立つのか」を決めるように。

「こうなる」と決める。

未来の自分の視点から今の自分を見ると、

足りないものがはっきりと見える。

技術かもしれない。

身体の強さかもしれない。

表現の深さかもしれない。

出来ない自分に絶望するのは、

理想が高いから。

距離が見えたから苦しいだけ。

でもその距離は、

進もうとしている証でもある。

時間は過去から未来へ流れているようで、

本当は未来の自分が今を引っ張っているのかもしれない。

明確なビジョンを持ち続けていれば、

必要な経験は必ず与えられる。

思い通りにいかない日も、

呼吸が乱れる日も、

アクセントが決まらない日も、

全部、振付の一部。

細かなディテールが崩れても、

残るのは「経験」という財産。

学ぶ姿勢があれば、

すべては自分の糧になる。

他人と比べない。

比べるのは、昨日の自分。

昨日より少しだけ重心が落ちたか。

昨日よりほんの少しだけ呼吸が深くなったか。

そして、「足るを知る」。

すでに持っているものに気づきながら、

それでもなお、磨き続ける。

どんなに不甲斐ないと感じる日があっても、

自分の人生の主役は自分だ。

これは、

困難に打ち勝ちながら自己成長する主人公が、

大切な人たちとの関わりの中で目標を叶え、

ハッピーな生涯を生き抜く物語。

今が望まない現実に見えても、

それは過去の選択の延長線上にあるだけ。

間違えたら、選び直せばいい。

失敗から学べば、それは身体に刻まれ、新たな血肉となり、自分の経験と人生が味わい深く、豊かになる。


ダンサーの身体が、

日々の鍛錬で強くしなやかに磨き上げられるように。


泡沫の人生の、ひとときの戯れ。

そう思えば今のこの落ち込みなど取るに足らない。人生の深みを増す為の、ほんのひとつまみのスパイスのようなものなのだ。


※『時間は誰にでも平等に流れている』以下の文は過去の自分のblogより引用、加筆校正をして再度note公開としました。今日の練習で絶望した自分を励ます為に。

タイトルの、『主語は、いつも自分。覚悟を持ち、そのように思考し、振る舞う事』は、過去にわたしの人生を導き、沢山の学びと気付きを与えてくれたメンターの言葉を、自分なりに表してみたものを使用しました。



0コメント

  • 1000 / 1000