混沌

いよいよ来週にコンペが迫ってきた。

一番大切なこの時期なのに、私は何一つ体得できていないままだ。


いただいたアドバイスを体現しようと、毎朝鏡の前に立つ。

以前のやり方に引きずられながら、なんとか落とし込もうと試行錯誤する。

けれど、動きはどんどん悪くなる。

昔のやり方に、新しく試した感覚が混ざり、ちぐはぐになり、まとまりを失う。

踊りとしての完成度は、むしろ下がっていくように感じる。

この状態でコンペに臨まなければならないことが、とても苦しい。

正直、今は逃げ出したい。


三年間、朝練を続けてきて、こんなふうに弱音を吐いたことはなかった。

「やめたい」「やりたくない」と口にしたのは、今回が初めてかもしれない。

あまりにも、自分の根幹に関わる部分をやり直そうとしているからだろうか。


できない、やれない、という思いが先行する。

自分では試行錯誤を繰り返し、やろうとしている。

いや、やっているつもりだった。


けれど傍から見れば、「何も変わっていない」「やっていないだけ」と映るらしい。

やってないだけ。

そう言われるたび、理解が追いつかず、心がフリーズする。



やっているのに、やっていないだけ。



これは“やっているつもり”なのだろうか。

混乱し、さらに動けなくなる。

人間の脳は変化を嫌うという。

かつて、変化は命に関わる危機だった。

だから脳は、現状維持を選ぶ。今のままでいる方が安全なのだ。


もし変化が本能的な恐怖なのだとしたら、

私は今、命を脅かされるような感覚の中に立っているのだろうか。

この脳のトリガーさえ外せば、「やっていない」を卒業できるのだろうか。

けれど時間がない。

練習できる時間は、あと数時間しかない。

たった数時間で、長年できずに苦しんできたことを体感できるのだろうか。

そして、それを踊りの中で使いこなせるのだろうか。


混沌と、迷いと、苛立ちと、失望。

さまざまな感情が入り乱れている。


コンペまで、あと1週間を切った。

それでも私は、安全な踊りに戻ることを選ばなかった。


完成された形で立つことよりも、

未完成でも、変わろうとしている踊りで立つことを選びたいと思っている。


できるかどうかはわからない。

けれど、変わろうとしている。

今はそれだけが、確かなことだ。


Bellydance Najm Fukuoka

ベリーダンス ナジュム福岡 -福岡のベリーダンス教室-

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