“春興鏡獅子”を振付る

こんばんは。Riraです。
昨日に引き続き、鏡獅子について。
ストーリーや振付について加筆したいと思います。


春興鏡獅子は歌舞伎・日本舞踊の演目で、役者が小姓弥生(女形)と荒々しい獅子の精を一人二役で演じ分ける。春の華やかな城中、朧月に胡蝶が舞い、牡丹の花が散る様子、弥生の華やかな舞と勇壮な獅子の舞。煌びやかで華やかなエンターテイメント性の高い演目です。

春興鏡獅子あらすじ(Wikipediaより)

大奥の正月七日の「御鏡餅曳き」の日、そこへ奥女中たちがお小姓の弥生を引っ張り出し、弥生に踊るよう勧める。弥生は最初拒むもしまいには致し方なく、踊りを見せる。ところが踊るうちに、その場にあった獅子頭を手にすると獅子頭には魂が宿っていて、弥生の体を無理やり引きずりながらどこかへ行ってしまう。やがて獅子の精が現われ、胡蝶とともに牡丹の花に遊び狂うというものである。

わたしが演じたのはラストシーン。

『獅子は勇んで くるくるくると

花に戯れ 枝に臥し転び、げにも上なき獅子王の勢い

獅子の座にこそ直りけれ』


当初は獅子の動きにベリーダンスのヘッドロールや回転を入れていましたが、歌舞伎のイメージを前面に押し出したかったので割愛しました。よって、導入は三味線がメインの部分と、歌い出しは『花に戯れ…』からにしました。

導入で獅子の精を、歌入りから中盤手前までは弥生と胡蝶の精を、中盤からラストは獅子の精と憑依されて操られる弥生を演じています。一人で三役を演じるストーリーになっています。


※導入部分

先ずは獅子の精が荒々しく現れ、周りの空気を一変させる。煙のようにかき消えたかと思うと、弥生が踊り始める。(振り向く所で獅子と弥生が入れ替わる振りになっています)

※歌が始まる『花に戯れ…』

妖艶な弥生の舞。胡蝶の舞と交錯しながら、牡丹の花が舞散る。実は弥生は獅子の精に憑依されていて、時々不可思議な目線や動きで人々を惑わす。城の奥女中達が疑惑を感じるやいなや、するりと胡蝶の精が交錯し、かき消される。徐々に獅子の精に支配されてトランス状態へと導かれる。(ファンベールは弥生が持つ獅子頭でもあり、胡蝶の精でもあり、弥生の心の動きでもある。)

※中盤部分

弥生は舞いながら徐々に獅子の精に操られ、遂には意識を失う。激しい回転から、荒々しい動きへと変化して、獅子の精が本性を露わにする。(ファンベールポイの回転は荒々しい獅子の本性で、首振りを表現する)

※ラスト

本性を現した獅子は、牡丹舞い散る春の風の中、弥生の身体から離れ去ってゆく。倒れた弥生が意識を取り戻す。

人と、人ではないもの。
蝶と獅子、なまめかしい女。
 

なかなか獅子の荒々しさや強さを出せず悩みました。

キャラクターが違えば、歩き方も振り向き方も違う。演劇をやったこと無いわたしにはなかなか演じ分けが出来ませんでした。

毎日エンドレスリピートで曲を聴き、歌舞伎の動画を観、練習しながら動画撮影しては反省でした。自分の個性を消す作業が1番大変かもしれませんね。自分の振付だと、際立ちやすい部分を隠す事。


踊り込み、改良し、徐々に音取りや間合いの感覚が変化していき、不慣れなファンベールポイから少しずつ無駄な動きがカットされ…少しまとまってきたのが今現在の状態です。


まだまだ完成には程遠く、試行錯誤が必要です。


鏡獅子はこれからもわたしにとって生きた大切な作品になると思います。去年踊った鷺娘と共に、深めていきたいです。


幸いにも今年はあと二回、踊る機会を与えて頂きました。今週土曜日8日には中津で、24日には久留米で踊ります。


ステージで踊ることで、また自分の中にどんな風に変化が起きるか楽しみです。どんな獅子になるか、どんな弥生になるか。楽しみ、瞬間を味わいながら演じたいと思います。

Bellydance Najm Fukuoka

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