自責思考(言い訳を捨てる)
今から約3年前、わたしはある決断をした。
【言い訳しない為に限界までがっつりとことん自分の踊り向き合って、自分史上最高の踊りを突き詰めよう】と。
それまでのわたしは練習嫌いで、イベント1〜2週間前になってスタジオに入る程度だった。練習を【やったつもり】になっていて、うまく踊れない理由を【床が踊りにくい】とか【スペースが狭い】とか、自分以外の他のものにうまく行かない理由転化しがちだった。どんな状況下であれ、どんなアクシデントであれ、結果は全て【自分の実力】でしか無いのに。
【とことん自分の踊りと向き合う】と決めてからは、ほぼ毎日朝練をこなすようになった。もともと夜型で早起きが大の苦手のわたしだが、自分との約束を守る為に日々必死に早起きをしている。今でも朝起きる瞬間が1番苦しくて辛い。
そんな朝練生活も2年半を超え、年末には3年目に突入する。【石の上にも3年】という諺があるように、最近やっと朝練の成果を感じ始めたところだ。
毎日練習すると自分の身体の微細な変化を感じられるようになり、ある程度コンディションが悪くてもその時なりのベストを引き出せるようになってくる。わたしの場合はむしろコンディションが最高の時の方がほぼ無く、たいていどこか痛めていたり、喘息発作が出ていたり、頭痛がしたり、メンタルが弱っていたりするものだ。それでもその時々のコンディション上で【何がベストか】模索するのは、本番において1番の実戦訓練ではないかと思う。
様々な現場で踊るにあたって、そもそもスタジオのような立派なダンス向きの床である事はほぼ皆無であるし、それが予想出来てて【床の状態が…】というのはがっつり言い訳になってしまうという事だ。
また、会場のコンディションだけでなく衣装もパフォーマンスを下げる原因になりがちだ。見た目は華やかさをプラスしてくれるが、重さや動きにくさ、裾が長く足に絡まったり踏んで滑ったり、なかなか悪さをしてくる。普段のレッスン着が1番踊りやすく、それに慣れ過ぎて本番だけ衣装…というのはパフォーマンスが落ちる大きな原因の一つだ。
ちなみにわたしはスカートが床を引くような長い丈のものが好きで、大抵前が105㎝、後ろが110〜120㎝のものを愛用している。床の状態によっては踏んで滑るリスクがとても高い。なので普段から振付を踊る時は脚に絡まりやすく踏みやすい、ドレープの多い踊りにくいスカートを着用している。またイベント前は、衣装をフルセットで着用し何度もリハーサルし、気になるところを微調整しまくる。裾のドレープ具合、スリットの位置、ブラの微妙な緩みやストラップの強度、ホックの位置など、神経質過ぎる程何度も調整を重ねながら本番に臨む。本番で【衣装の事に気を取られる】【衣装に不意のアクシデントが起こる】のが嫌だからだ。本番は見た目も着心地も完璧に仕上がった衣装を着用し、パフォーマンスに全集中出来る状態にする事を心掛けている。
本番迄に選曲、練習、衣装の調整…。やれる事をみっちりやり切ったら、例え本番がうまく行かなくても他責にはならない。全て自分が決めて、自分が想定して、自分が練習し準備した結果なのだから。本番の結果は良くも悪くも全て自分の実力の反映なのだ。【出し切った】と思えるところまでやり切ってしまえば後悔は無く、全て受け入れられるようになる。うまく行ったなら何がどう良かったのか分析し、より良いパフォーマンスになるよう更に努力すれば良いし、失敗したならその原因をトコトン突き止め克服していけば良いし、【出し切った】先には自己成長の材料…プラスしか存在しないのだ。
今思うと、言い訳をしていた時代は【自分は一生懸命やったのに…】という大きな勘違いがあったと思う。本番のたった1〜2週間前の練習で完璧に踊れる程甘いものではないのは分かっているはずなのに。日々コツコツ積み上げていくからこそ、どんな状況下でもある一定の【いつも通り】が出せる訳で。舞台に魔物なんて居ないのだ。【日々の当たり前】をどんな状況下でも出せるくらい気が遠くなる程の時間を掛けて反復練習出来ているかどうかの結果でしかないのだ。
踊る事は誰かとの競争でも無い。(コンペの場合でも)日々コツコツと昨日の自分を超えていく事だと思っている。
自分の競うべき相手は常に自分で、【眠いから】とか【疲れているから】とか【面倒くさい】とか、はたまた【練習しても上達しないからもうやりたくない】とか、しょうもない弱音や言い訳を絶対吐かせない覚悟と忍耐が必要だ。
そして時々大きな負荷をかけていく事も効果的だ。コンペや大きなステージ出演など、【逃げられない】状況下で精神をすり減らしながら練習する事も良い刺激になる。あれやこれや欲張って沢山ステージに出るよりも、的を絞ってしっかりガッツリ自分と向き合い練習する事。これが更に【言い訳を無くす】良い修練となる。
【練習が出来ない】と言うのも言い訳だとわたしは思う。わざわざスタジオを借りて踊るだけが練習ではない。日々の生活でちょっとしたストレッチや振付の確認、アイソレーションの練習など場所や時間を取らずとも工夫次第でやれる事は沢山ある。
本当に練習したければ時間や場所のやりくりを自分なりに捻出するだろう。【出来ない】と決めつけている時点でそれは言い訳なのだ。
もしくはそもそも踊りに対するプライオリティが日常のあれこれより低いのかもしれない。だとしたら【出来ない】ではなく【しない】と決めた方が罪悪感が無くて良いかもしれない。
言い訳の裏には実は罪悪感や他者に対する見栄やコンプレックスが潜んでいる事がよくあるので、練習をするにせよしないにせよ【言い訳しない】スタンスがメンタルヘルスには良いと思う。他者のせいにして言い訳しても、結局は自分が苦しくなっていくだけだから。
踊る事が自分にとってどの位価値がある事なのか、何故やりたいのか、どんな風になりたいのか。そこをキチンと突き詰めれば向き合い方が分かるようになってくる。やるもやらないも全て自分の決断で、何のせいでも誰のせいでもなく自分のせいなのだ。
現実はとてもシンプルだ。
【やるか、やらないか】
これに尽きる。
やる人はどうやれば良いか考え、やらない人はやれない言い訳を探す。
踊りにキチンと向き合うと決断してからもうすぐ3年。【言い訳しない】事を第一に、これからも自分の限界まで練習に取り組んで行きたいと思う。
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