脆弱な藁の家を手放した日
エストニアから帰国して10日。
私は帰国の翌日から、また朝練を続けている。
コンペ前から、自分の土台を見直す練習を始めていたこと。
未完のままの踊りを抱えてエストニアに挑んだこと。
コンペで目の当たりにした、ダンサーたちのあまりにもハイレベルな踊りと表現力。
そして最終日に受けた個人レッスンで、新たな発見とともに自分の基礎の脆さを思い知らされたこと。
この1か月にも満たない短い期間に、さまざまな経験と想いが一気に押し寄せてきて、私の土台を大きく揺さぶった。
そして今朝。
帰国して練習を再開してから初めて、確かな手応えと変化を感じることができた。
今、私が取り組んでいるのは、自分の土台を壊すことだ。
修正してもらった基礎を身体に染み込ませること。
自分の踊りを一から見直し、再構築すること。
それは、自信を失い、痛みを伴い、先の見えない真っ暗なトンネルに放り込まれたような、不安な作業でもある。
だけど今朝、私は気づいた。
これまで私が守ろうとしていた「自分の踊り方」や「これまでの基礎」は、実はとても脆い、藁の家のようなものだったのだと。
朝練を終えてスタジオを出たとき、ふと『三匹の子豚』のおとぎ話を思い出した。
藁の家にしがみついている子豚。
それは、まるでこれまでの私そのものだった。
自分の踊り方という脆く危ういものにしがみつきながら、
「できない」を繰り返していた私。
本当は、それを手放して、揺らがない土台の上にレンガの家を築かなければいけなかった。
それなのに私は、変化を恐れて、壊れやすい藁の家に住み続けていたのだと思う。
だけど今朝、気づいた。
私はもう、コンペ前のあの時点で、藁の家を手放すと決めていたのだ。
手探りのまま、どうすれば再構築できるのか。
必死にトライアンドエラーを繰り返してきた。
エストニアで見たもの。
感じたこと。
体験したこと。
それらを自分の糧として、日々の練習に少しずつ落とし込め始めている。
今朝感じた変化は、人から見れば取るに足らないものかもしれない。
だが私にしてみれば、物理法則が入れ替わったくらい、大きな変化の一歩だった。
ほんの微細な変化かもしれない。
けれど体の芯から、奥底から、以前とは違う感覚がじんわりと染み出してくる。
今朝、私は実感した。
自分を変えようと決心し、その一歩を確かに踏み出したのだと。
これから先、本当に変われるかもしれないし、変わらないかもしれない。
それはまだわからない。
けれど、変わろうと決めたという事実だけは、確かに私の中に刻まれた。
そしてその決意は、きっと何かしらの変化を生むのだと思う。
この3年、私は他人と競うことをせず、
ただ自分の内面だけを見つめながら、コツコツと練習を重ねてきた。
一人で続けてきた分、思い込みや間違いも、きっとたくさんあったと思う。
今は、その思い込みや間違いを一つひとつ拾い上げ、新しい形へと修正していく時間なのだ。
これまで重ねてきた時間は、遠回りだったのかもしれない。
それでも、決して無駄ではなかったと思いたい。
日々、小さな変化を感じながら過ごしてきたこの年月の中で、
私は、身体の限界が来るその日まで、踊りと自分に真摯に向き合うことをやめないと誓った。
そして今、
その誓いが、次のフェーズへ入ったのだと感じている。
2026年3月14日。
ほんの小さな変化の日。
けれど、私にとっては
大きな一歩の、記念すべき一日だった。
※note記事 2026年3月14日分より
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