花びらの旅
あの日、毎年恒例の桜の作品撮りをした。
散り、堕ちた花びらの中で。
小雨と晴れ間と、冷たい風が交互に通り過ぎる寒い日だった。
濡れた冷たい地面に横たわりながら、
この世の最後の景色は、この空なんだなと思った。
灰色の厚い雲の隙間に、わずかに見える光と蒼い領域。
それをぼんやりと、虚ろに見ていた。
頭の中はリセットされたみたいに真っ白で、
一瞬、自分が誰なのかわからなくなった。
小学生の頃、放課後に先生の片付けを手伝っていたとき、
不要になった紙芝居や絵本をいくつかいただいた。
その中にあったのが、『花びらの旅』という物語だった。
桜の花から風に吹かれ離れた一枚の花びらが、
さまざまな出会いと旅を重ね、
やがて傷つき、ぼろぼろになり、静かにそっと目を閉じる。
子ども心に、命の終わりとは何かを考えさせられ、
読むたびに涙が止まらなかったのを覚えている。
あの日、桜の中で撮影をしながら、
私は“花”ではなく、散り堕ちていく花びらに感情移入していた。
今年の桜は、もう散り始めている。
気づけば季節は少しだけ先に進んでいて、
私はそのあとを静かに辿っている。
散り堕ちた花びらは、終わりではなく、
またどこかへと還っていく。
命は、かたちを変えながら、静かに巡っていく。
だからこそ、今しか見えないものがある気がしている。
そんなことを思いながら、
私はまた、桜の中に自分を重ねている。
あの日の撮影の時よりも年齢を重ねた私は
人生の中で様々な世界を見、出会いや別れを重ね、ぼろぼろになった花びらに、また少し近づいた気がする。
※『花びらの旅』(浜田広介1893年~1973年)
桜の花びらが枝を離れ、風に舞い、やがて海へとたどり着くまでを描いた童話。
散りゆく命と、その先へと続く流れを、やさしく静かに教えてくれた物語。
※2026年4月8日 note記事より
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