見えている動きは、すべて結果に過ぎない ― 踊りを支える基礎の話
エストニアから帰国して、早くも1か月余りが経った。
コンペ出場とインテンシブ、そして個人レッスンをきっかけに、
私は自分の基礎の脆さや、長年染みついてしまった癖を
改めて見直す機会をもらった。
本当に、基礎は大切だと最近つくづく思う。
私にとって基礎とは、正しい書き順のようなものだ。
たとえば漢字を書くとき、その形だけを真似して書けば、
ぱっと見はそれなりに整って見えるかもしれない。
けれど、いざ草書で書こうとすると途端に破綻してしまう。
画順を無視して書かれた文字は、うまくつながることがない。
ひらがなや漢字を学ぶうえで、画順は単なるルールではなく、
必然であり、結果でもある。
それがあるからこそ、文字は自然につながり、流れを持つ。
私はよく思う。
基礎とはまさにこの画順のようなもので、
正しい大きさ、正しい形、正しい順序が揃ってはじめて、
美しい表現が生まれるのだと。
私はこれまで、ベリーダンスの基礎を学ぶにあたって、
さまざまな教室で、さまざまな先生方から学んできた。
そして基礎というものは、一度身につけたら終わりではなく、
ある程度の期間が経つたびに見直し、
アップデートしていく必要があると感じている。
なぜなら、かつては正しいとされていたものが、
年月を経て、より効率のよい動き方へと更新されることもあるし、
その時点では見えなかったエラーが、後になって見つかることもあるからだ。
また、習い始めた頃の、
右も左もわからない状態の自分が理解したつもりになっていたことの中には、
勘違いや思い込みも多い。
改めて紐解いてみると、
自分の見方、感じ方、やり方そのものが、
実はずれていたということも少なくない。
だからこそ、ダンスを学ぶうえでは、
初心者であっても中級者であっても、一定の時期が来たら、
その時点の自分のレベルで基礎を見直す必要があるのだと思う。
また、ベリーダンスは流派や先生によって、
多様な個性や基礎の考え方が存在する踊りでもある。
だからこそ私は、自分が学びたい基礎と、
踊りたい振付が乖離していると、
エラーが起きやすく、難しさが増すのではないかと感じている。
一番シンプルにエラーを減らす方法は、
自分が学びたい基礎と、踊りたいスタイルを揃えることだ。
エジプシャンならエジプシャン、
ターキッシュならターキッシュ、
ウクライナスタイルならウクライナスタイル。
そうして土台と表現のロジックを一致させることで、
無理のない動きが生まれ、結果として怪我のリスクも減らすことができると思う。
振付は、基礎の集合体だ。
だからこそ、その流派に合ったロジックで構成されている。
自分がどの基礎を学び、どのように踊りたいのか。
それを見極めながら基礎と向き合うことで、
自分の中にぶれない軸が少しずつ育っていく。
その軸があることで、基礎はより深く、
より正確に身体に落ちていくのだと思う。
また、ここでひとつ感じているのは、
特に習い始めの頃においては、
全く異なるロジックの基礎を同時に混ぜない方がいいのではないか、ということだ。
もちろん、さまざまな先生から学ぶこと自体は、とても素晴らしいことだと思う。
ただ、その際に学ぶ基礎のルーツは、
できるだけ同じ系統のものが望ましいのではないかと、私は感じている。
なぜなら、踊りの性質や求められる動きに大きな違いがある場合、
それぞれの基礎のロジックが混ざり合い、
身体の中で矛盾が生まれてしまうことがあるからだ。
その結果、動きが不安定になったり、
あるいは自分でも気づかないうちに、
どちらつかずの曖昧な動きが定着してしまう可能性もある。
基礎やその学び方については、
人それぞれに考え方や信念がある。
だからこれは決して、
他の在り方を否定するものではなく、
あくまで私自身の経験からくる一つの考え方だ。
実際に私も、初心者の頃に教室を変えた際、
それまで正しいと信じていた基礎が、
まったく違うアプローチによって覆された経験が何度もある。
国やスタイルの違い、
そして先生自身の踊りのバックグラウンドによって、
基礎の内容は大きく変わるのだと実感した。
同じ教室内で、同じルーツを持つ先生方から学ぶのであれば、
大きな問題は起きにくいのかもしれない。
しかし、ルーツの異なる基礎を持つ先生方から同時に取り入れる場合には、
その違いを理解した上で、慎重に向き合う必要があるのではないかと思う。
日本語の文法で英語が話せないのと似ている、と私は感じてしまう。
たとえば、リバースマイヤーという動きがある。
骨盤が下から上に、縦の8の字を描くように動く円運動だ。
無限大の記号を下からなぞるような軌道、と言えばわかりやすいかもしれない。
習い始めたばかりの頃の私は、
この動きを真似しようとして、必死に骨盤そのものを動かそうとしていた。
でも今思えば、それは大きな間違いだった。
骨盤の動きというのは、
最終的に見える“結果”であって、“原因”ではない。
結果だけを見て真似しようとしても、
その過程が間違っていれば、
本質的にはまったく別の動きになってしまう。
まず必要なのは、重心移動だ。
足の裏のどこに、自分の体重がかかっているのか。
そこに意識を向けたとき、次に見えてくるのが膝の使い方だ。
ヒップソケットにしっかりと体重が乗っている最初の段階では、
体重が乗っている側の膝は伸び、反対側の膝は緩んでいる。
そこから、体重が乗っている側の骨盤、
つまりお尻を持ち上げる動きに入ると、体重は一度、両足にシェアされる。
このとき、もともと体重が乗っていた側の足では、
ルルベのつま先の関節にしっかりと体重をかけ、床を押し上げる。
同時に、反対側の足も身体を支えるために働き、そこにも体重が存在している。
ここで重要なのは、上下に働く「押す力」と「引き上げる力」の関係だ。
その後、体重は完全に、身体を支えている側の足へと移行する。
このとき骨盤は、アウトラインの真上に引き上げられた状態から、
センターへとぐっと寄ってくる。
そして、ルルベしている足のつま先への体重の移動にも注意が必要になる。
小指側から床を剥がすように意識していくことで、
骨盤に自然な角度が生まれ、無理なくセンターへと収まっていく。
そこから腹筋を、上から順番に締めていく。
その意識を恥骨の上まで下ろしていくことで、動きは再び最初の状態へと戻る。
そして今度は、反対側のヒップソケットに体重が乗る。
こうして分解してみると、
この動きがどれほど繊細な連動で成り立っているかがわかる。
体重移動、それを支える膝、そこから生まれる骨盤の傾き、
そしてそれをコントロールする腹筋。
さらに、背骨や脇腹、胸…。
周囲の筋肉や関節の働きも含めて、
すべてが連動して一つの美しい動きが生まれている。
だからこそ、この連動を無視して、
ただ骨盤だけを8の字に動かそうとしても、動きはどこかで破綻してしまうのだ。
見えている動きは、すべて結果に過ぎない。
本当に鍛えるべきなのは、
その動きを生み出している“見えない順序”なのだと思う。
派手な技や大きな表現に目を奪われがちだけれど、
踊りを支えているのは、いつも基礎だ。
そして基礎とは、表現を制限するものではなく、
むしろ自由にするための土台(表現を伝える為の言語)なのだと思う。
基礎を意識せず、呼吸をするように自然にそこに乗れた時、
初めて【踊り】は運動ではなく【表現】の域に達すると思っている。
今はまだ、
その一つひとつを解きながらやり直している途中だ。
けれどこの積み重ねの先に、
より自然で、より強く、より美しい踊りと表現あると信じている。
※2026年4月10日 note記事より
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