喪失
その場所から、ある人の気配がふっと消えた瞬間、
私は言葉にできないほどの寂しさと悲しさを感じた。
どれだけその人の存在が、
その場の空気を温めていたのかを、
そのとき初めて思い知った。
その人とは、特別親しいわけでも、
よく話をする関係でもなかった。
私が教えているクラスの前のクラスの受講生の方で、
クラスの入れ替わりの時間に、
着替えを待っていたり、帰り支度をしていたりする姿を、
いつも鏡越しに見ていた。
先生に見送られながら、
「また来週」と笑顔で挨拶を交わすその光景は、
いつしか私にとって当たり前の風景になっていた。
言葉を交わすことはほとんどなく、
ただすれ違うときに挨拶をするだけ。
名前を知っていて、顔を知っていて、
それ以上でも、それ以下でもない関係。
けれど—
その方の話し声や笑い声、
やわらかな笑顔、
家路につく後ろ姿。
私はそれらを、毎週、毎週、
10年以上見続けてきていたのだ。
先週の月曜日も、いつもと同じように、
私はその方の前を通りながら「お疲れさまです」と声をかけた。
するとその方は、
いつもより少し上機嫌で、
やわらかな笑顔で挨拶を返してくださった。
その瞬間、私の中に、
ふんわりとした温かさが広がった。
—ああ、今日はレッスンが楽しかったのかな。
そんなことを思いながら、
私は自分のレッスンの準備をしていた。
やがて私のクラスが始まり、
その方は着替えを終えてスタジオを出ていく。
スタッフの先生がパタパタと後を追いかけ、
「どこに車停めたの?またリバーサイド?」と、
楽しそうに、どこか名残惜しそうに会話を交わし、
最後は「また来週ね」と笑顔で別れる。
それもまた、いつもの光景だった。
私は確かに、その様子を見送った。
これまで10年以上、そうしてきたときと同じように。
—それなのに。
昨日、スタジオに入ったとき、
私はふと違和感を覚えた。
クールダウンのストレッチの時間で、
スタジオの電気は消えている。
それは、いつも通りのはずだった。
けれど、何かが違う。
何が違うのかは、言葉にできない。
ただ、何かが欠けている感覚だけがあった。
その違和感を抱えたまま控え室に入ると、
先生がぽつりとつぶやいた。
「寂しいよね」
その一言で、胸の奥に冷たいものが落ちていく。
—嫌な予感がした。
レッスンが終わったあと、
先生から、その方が急に亡くなられたということを聞かされた。
私は、その場でフリーズしてしまった。
言葉も出ず、表情も動かず、
ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
ご高齢の方だったから、
いつかは起こり得ることだと頭ではわかっている。
それでも、こんなにも突然に、
何の前触れもなく、別れが訪れるなんて。
特別な会話をしたことはない。
ただ、10年以上、挨拶を交わしてきただけの方。
それなのに—
その方の持つ温度や、存在の大きさに、
私は改めて気づかされた。
その方がいない。
もう、会えない。
そう思った瞬間、
体の奥からさーっと体温が引いていくような感覚が走った。
そして何度も何度も、
その方の笑顔が頭の中で繰り返される。
椅子に腰掛け、
少し疲れたような、それでもやわらかな笑顔で
挨拶を返してくださるその姿。
何度も、何度も、鮮明に蘇る。
—ああ、もう会えないのか。
もう、あの声を聞くこともできないのか。
寂しさと、喪失感と、悲しさと—
そして、
もっとお話しすればよかった。
もっと、いろいろと話しかければよかった。
そんな後悔が、静かに込み上げてきた。
昨日、この話を聞いたときは、
ただ受け止められず、こみ上げるものを抑えるのがやっとだった。
けれど今、こうして文章にすることで、
あのときの気持ちや、あの方への思いを、
ようやく外に出すことができている。
そして今、やっと涙がこぼれた。
—本当に寂しい。
本当に、悲しい。
10年以上にわたって、
変わらず挨拶を返してくださったこと、
心から感謝しています。
あなたの存在が、
どれほど私の中であたたかなものだったのかを、
今、改めて知りました。
本当に、ありがとうございました。
86年の人生、お疲れさまでした。
またいつか、どこかで、
あのときのように、笑顔で挨拶を交わせますように。
そう願ってやみません。
そして改めて思う。
大切なひとには、できるだけ気持ちを伝えよう。
会いたい時にはすぐに会いに行こう。
あなたが私にとってどれだけかけがえのない人なのか、
あなたと過ごす時間がどれだけ私の心を温めて癒してくれているかを。
躊躇わず、後回しにせず、
素直に、丁寧に。
伝えて行く事を心がけていこうと思った。
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