氷柱の声
【氷柱の声】読了。
東日本大震災を経験した著者。「被災県在住だが被災者とは言えない」自分の立場からくる複雑な心境や、やり場のない想いを、自身の経験に加え、7名の作者と同世代の被災者の方々へのインタビューを【伊智花】という主人公の被災から10年の時間と重ね、関わる人びとの経験や思いを語る声を紡いでいく小説。
本書あとがきより↓
わたしは「被災県在住だが被災者とは言えない」という自分の立場のことをいつも考えていた。関東の人たちからは「がんばって」「おつらかったでしょう」と眉を下げて言われ、しかし、沿岸の方の話を聞くと(なにも失わなくてごめんなさい)と思ってしまう。…中略…被災のことを考えたり見たり聞いたりすると涙が出る。わたしは自分のその涙がいやだった。何も捧げることができやいわたしが流す涙はおこがましいと思った。
被災しても家も家族も無事なのは何よりもしあわせな事であると同時に、同じ境遇で生死を分けた人々が大勢いる事への後ろめたさや葛藤、苦しみは想像を絶するものだろう。被災県出身の方へ言葉を掛けることは安っぽい同情や励ましでは出来ない。ただそっと寄り添う事が唯一の出来る事なのかもしれないと、この小説を読んで思った。
印象的な見出しや映像、文章がひしめくメディアを受け身に見て惑わされる事なく、もし自分がその場に居たら。家族や自分が渦中に居たらどう感じどう考えるだろう。想像力を働かせ、何をして欲しいかして欲しくないか一考してみる。フラッシュバックが怖くてそっとしておいてほしいかもしれないし、やみくもに励まされたり憐れまれたりしてもこころがすり減るだけかもしれない。
震災は誰かの日常に起きた出来事の一つであり、今もずっと記憶や日常のふとした中に生き続けているのだと思う。震災という織り目の入った生地を織り続けるのだ。
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