紫式部日記
【紫式部日記】 小谷野純一 訳/注 読了。
お盆時期からの喘息罹患のせいもあり、読み終えるのに2か月近くも掛かってしまった。咳発作や、服用中の薬からくる眠気のせいで読書がちっとも捗らない2か月だった。
この本は何度も読み返しているもので、出だしの『秋のけはひ入りたつままに、土御門殿の有様、いはむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら、おのがじし色づきわたりつつ、おほかたの空も艶なるにもてはやされて、不断の御読経の声々、あはれまさりけり。…続く』 この出だしの秋景色の描写が好き過ぎて、この時期になると毎回読みたくなるのだ。
『日記』という題目にはなっているが、視点や構成は定まっていなくて、抒情的だったり、記録的だったり、他者批判だったり、あまり構成に一貫性はない。 ただ、紫式部という人の深淵のようなものが時々チラッと姿を見せるような記述がおもしろい。
小説のように他者を主役とし、経験や想像を織り交ぜた創作ではなくあくまでも主観。何をみてどう思ったのか、どう感じたのか。視点の移ろいや感情の発端など、彼女の日常の動作から垣間見える素の部分に想いを馳せる。
偉大な女流文学家ではなく、1000年前に確かにそこに生きていた1人の女性としてとても興味が惹かれるのだ。 幼い頃に母と姉を亡くし、父には聡明なところを『男ならよかったのだが』と不憫に思われ、当時としてはとても晩婚と言われる歳で結婚したがすぐに夫が他界し、源氏物語執筆、一人娘を抱えた状態で宮仕し、華やかな宮廷での嫉妬や軋轢に悩み…。時代は違えど、現代の人々と同じように生きにくさを感じながらも生を全うした人生の大先輩でもあるのだ。 日記ならではの小説では知り得ない、生活感や生々しさが好きだ。和泉式部や清少納言、宮仕えの同僚女房の批判や悪口なんかもあって『うわっ』と思う所も多々あるが、そこもまた良し。人間だもの。正直なナマの感情だだ漏れなのに、雅な感性が研ぎ澄まされてるところが良いのだ。
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